連載コラム

浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.02 2017_06_11

『近ごろ流行りのスタイルは……』

少し前に、西麻布の「T」というレストランを訪れた。今年できたばかりのフレンチだ。

訪れたのはランチタイム。窓から光こそはいらないものの、ピカピカの明るい空間は気持ちよく、女3人、シャンパーニュで乾杯をした。と、ここまでは普通のレストラン。
むむっと思ったのはこのあと、サービススタッフのこんな言葉だ。

「当店では、お客様の会話を途中で中断させるのが心苦しく、料理を運んだ時に説明はいたしません。料理の内容は全てこちらの紙(はがきサイズの文字の入った紙を見せてくれながら)に書いてありますので、テーブルにお置きします。わかりにくい食材はこちらに入れて(キャップのついた小さな試験管が!)テーブルに置きますので、ご自由に手に取って、ふたを開けて、香りなどお試しください」

これは新スタイル。ちょっと面白いなと、軽い気持ちで聞いていた。
しばらくして、一品目の料理についての説明が丁寧に書かれた紙がテーブルに置かれ、何かが入った試験官、そして料理も運ばれてきた。

わたしたち食いしん坊3人は、盛り上がっていた会話をピタッと止め、サービスの手から運ばれる皿をテーブルに置かれるまで目で追い、クンクンと匂いをかがんばかりに前のめりに興味深く見、そしてサービスの方の顔を見た。
だがしかし、彼は料理名を告げることもなく、何の一言もなく、去ってしまったのだ。
確かに、説明はしないと言っていたけれど、ここまで徹底しているとは驚いた。みんなで顔を合わせて笑ってしまった。

今、レストランで、出てくる料理を客が携帯で写真を撮るのは当たり前になっている。
中には料理の説明を録音するツワモノもいるらしい。「もう一度最初から話してください」なんて、レコーダーを取り出すというからすごい。

ちょっと気になるレストランをネットで検索すれば、大抵、写真とともに、だれかが事細かに料理のことを書いている。シェフやサービススタッフからすれば、作ったものは早く食べてほしいわけで、録音されたり、メモを取られたりするのは本意ではないだろう。

この店での詳しい料理内容表記のスタイルは、そんなSNS対策か……と思うわけだが、せっかく知識のありそうなしっかりしたサービスマンがいながら、そして料理について何か聞きたそうな客が目の前にいながら、無言で皿を置いていくなんてもったいない気もする。試験管に入った「ノワイー酒」や「トマトの粉」、「黒ニンニク」や「トンカ豆」を好き勝手にいじるのも、それはそれで楽しいのだけれど。

だがこの店、料理は申し分ないし、「ケーキ屋さんで大人買い」をコンセプトにしたデザート11品(!!)も楽しかった。そう、決して店を批判しているわけではないのだ。むしろ、このスタイルと料理を味わいに、時代を反映した最新レストランとして推したい。

奥神楽坂と呼ばれるエリアにできた「A」という焼鳥屋さんも、似たようなスタイルだった。コース仕立てで、焼き鳥の合間に和洋の美しい皿を挟み、それぞれにワインをペアリングさせるという店で、その料理とワインの説明を書いた紙をテーブルにおいてくれる。
一皿、一杯、一栞。これが店のコンセプトだ。

こちらは、サービススタッフに負担をかけない、つまり、飲食業界人手不足の今を表しているように思えた。というのも、焼き鳥や料理はおいしい。ワインも、カジュアルなものをとても上手に合わせている。それをスタッフがうまく伝えきれないとしたら、紙に書くというのも手かもしれないと思えたのだ。

そんなわけで、今わたしの手元には、皿の数だけ紙の入った分厚い2つの封筒がある。
ここ10年くらいの最新レストランでは、「キュウリとトマトとその香り」とか、「ヒラメ キャビア オリーブオイル」みたいに、素材名だけを書いたカッコいいメニューが多かったが、これからはもう一つの流れとして、詳細な内容を書いて客に持ち帰らせる、という店も増えるかもしれない。
なんだかんだ言っても、その日に食べたものを詳しく書いた紙を持ち帰るのは、ちょっと嬉しい。その後、使うにせよ、使わないにせよだ。

レストランで飲んだワインを、携帯でパシャッと記録する人も多いと思う。
携帯すら一般的でなかった若い時、レストランで飲んだワインのエチケットをはがしてもらって持ち帰り、喜んでいた頃がある。思い出すのは、エノテカ・ピンキオーリでの出来事だ。

東京一の高級イタリアンとして記憶にある方も多いと思うが、ビルのエレベーターを降りると両側の壁にワインがぎっしり並んだワインのトンネルがあり、そこを抜けて店内に入っていく。莫大な数のワインを持った店だった。

席について渡されるワインリストはずっしり分厚く、到底、ここから一本を選ぶことなんてできなかった。そんな客も多いのだろう、1万、2万という値段でワイン数杯のセットがあってそれをオーダーしたことをよく覚えている。
なにしろ値段も安くない。厳選されたそれらのワインはあまりに美味しく、是非とも飲んだすべてのワインのエチケットをもらいたいと熱望した。

しかし、私が飲んだのはグラスに一杯ずつ。ボトルが空になるまではエチケットは外せないから、もらうことはできない。心底残念に思っていたら、あとでお送りしますよと、数日後に本当に送ってきてくれた。きれいな封筒に入れて。あのときは嬉しかった。

フィレンツェに本店を置くこのエノテカ・ピンキオーリの東京店は、7年前、約20年の歴史に幕を閉じたが(膨大なワインは本国に送られたと聞く)、そのスピリッツを引き継ぐ店がある。当時、そこで働いていた人たちが「K」という店を同じ銀座に出している。
ワインのエチケット一つ、そんなことをしてくれる店にいたスタッフだから、サービスがいいのは当然だ。料理よし、ワインよし。それでいて、エノテカ・ピンキオーリの値段よりはるかに安い。このところずっと、わたしの銀座イチオシのイタリアンである。

さて、「T」とか「A」とか「K」とか、もったいぶって書いたが、正解は以下に。
どの店も詳しい料理の記述はしなかったけれど、ネットで検索すれば、きっと誰かが詳細な解説をしてくれていることでしょう。


■Takumi
http://restaurant-takumi.com/

■あかべえ襷
https://tabelog.com/tokyo/A1309/A130905/13204948/

■クロディーノ
http://kurodino.com/ginza.html?mode=pc