連載コラム

浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.17 2019_06_07

ショッキングなワイン

最近話題のフレンチの一つが、春に広尾にできた「オデコ」という店だ。額のオデコではなく、「au deco」なのだが、店でソムリエを務める白仁田さんの美しきオデコに由来するという話も? それはさておき、白仁田さんは、渋谷にあった「deco」、もっと遡ると六本木のワインバー「マルズバー」にいた女性である。

厨房にいるのは、代官山で人気の魚介ビストロ「アタ」や、日比谷のミッドタウン「バーマン」をやっている掛川シェフ。ちなみにバーマンでは、新潟のカーヴドッチのワインを豊富に揃える。実は、カーヴドッチの醸造家の掛川さんは、アタの掛川シェフの弟さんなのだ。

さて、オデコの店内は、今時のスタイリッシュな雰囲気や、カフェのような気軽な感じとも異なり、ちょっと暗めで、どちらかというとクラシック。だが、席はカウンターが中心で、奥にある厨房から掛川シェフが出てきて、お皿の仕上げを目の前でしてくれるなど、今どきのツボは押さえている。

料理は、コースではなくアラカルトだ。自分の食べたいものと全体の流れのバランスを考えながら選ぶことを楽しいと感じられる人は、ある程度レストランの経験値が高い人かもしれない。そう想定すると、少々ハードルの高い店と言えるが、大人がゆっくりと夜を楽しむには素敵な店である。

そしてワインが魅力的だ。世の中では自然派ワインビストロが大流行中だけれど、こちらはそれとは違う流れを作っている。「(カジュアルも大歓迎だけれど)やっぱりこういうのはいいよねえ……」という気持ちと言葉が出るような、例えば熟成したブルゴーニュだとか、20年を経た古酒と言えるワインが巨大な一枚のリストにずらりと並ぶのだ。

つまりここは、あえて最近の主流ではなく、だが「こうした店が欲しかった」あるいは「こうした店も欲しかった」という大人たちのための店なのだ。きっと掛川シェフや白仁田ソムリエも、いま一度、原点にかえって、こういう店を出したのではないかと想像できる。

さて、ここを訪れたときは、前菜にカスベと野菜のマリネ、それから白アスパラ、魚料理はアンコウのフリット、お肉は確か仔牛を食べた。一皿一皿を満喫し、ワインはほぼお任せにして、グラスで何種類か飲んだのだが、赤で一杯、驚きのワインが登場したのだ。

それは、私にとって、あまりに馴染みのある見慣れたエチケットだった。ギガルのコート・デュ・ローヌ。日常的にワインを物色しているとあるデパートで、ここ何年も取り扱っているものだ。最初に見つけた時は1,000円プラス税だったが、ここ数年は1,100円プラス税で売られている。と、まあそんな細かいことはさておき、つまりとても手頃で、CPがよく、家飲みワインとしてかなり頻繁に購入しているものである。

登場したのは、その95年のものだった。
95年? あのワインを、千円ちょっとのワインを、20数年間寝かせたということか。それだけでびっくりしたのだが、口にしたら、これがもう、甘やかで、ロマンチックな味わいの、気持ちのいいワインだったのだ。驚きを通り越し、衝撃的であった。
繰り返して恐縮だが、あの千円ちょっとのワインである。20年以上寝かせるとこんな味になるなんて! 20年以上寝かせられるなんて!

そんな衝撃を伝えると、
「こうしたワインをこの店では出したいんです」
と掛川シェフ。なかなかの店ではないか。

翌日、改めていつものワイン売り場に行ったところ、今売られている赤は2015年のものであった。何本か買って、あと20年寝かせようかと本気で考えた。が、数本買ったところですぐ飲んでしまうのは目に見えているので、やめた。このレストランをお勧めするとともに、セラーに余裕のある方にはこのワインを寝かせることもぜひお勧めしたい。

■au deco: https://www.facebook.com/kakegawachef/