連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.19 2019_05_17

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「ヒ」で始まる語の後編をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■ひ■ *前回のつづき

一人酒(ひとりざけ)
飲み屋で一人で酒を飲むこと。バーで美女が一人静かに飲んでいると、黒アゲハが羽をゆっくり開閉しながら蜜を吸っているようで絵になるが、男の場合は侘しいだけ。

ピノタージュ (Pinotage)
南アフリカ特有の品種。北方系のピノ・ノワールと、南方系のサンソーを交配させた。ロシアの動物園で、雄のライオンと雌の虎(タイガー)
を人工的に掛け合せて「ライガー」と名づけたように、ロシアや日本なら「ピノソー」と名付けるかも。なお、マングースとコリーを掛け合せたものは、もちろん……「マンリー」。

ピノ・ノワール(Pinot Noire)
世界二大赤ワイン用高級葡萄品種の一つ。ブルゴーニュ赤の品種として有名。もう一つの高級品種、カベルネ・ソーヴィニヨンに比べ、栽培が難しいし収穫までに時間と経費がかかるので、ドイツでは、シュペート・ブルグンダー(遅いブルゴーニュ)と呼ぶ。「悪い事」にヨソの国の名前を使うのは世界共通。英語では、「挨拶せずに帰ること」をFrench leave (フランス式サヨナラ)といい、French letter は「コンドーム」のこと。【関連語:赤ワイン・リーグ、世界四大高貴種】

120(ひゃくにじゅう)
チリのサンタ・リタ社が作る風変わりな名前の日常消費用ワイン。赤と白があり、1本1,500円程度。この変な名前は、スペインとの独立戦争で、ベルナルド・オイギンス将軍が120人の兵士と共に同社の地下セラーに立てこもったことに由来(後に、同将軍はチリの初代大統領になる)。数字を原語で発音できると格好イイので、120を「シエント・ペインテ」と読めると、語学とワインの達人の雰囲気がムンムン。単に「そこの、ヒャクニジュウ下さい」では、肉屋さんで「牛肉の肩ロース200下さい」みたい。【関連語:60、61】

ひゃくパーセントかくづけ(100%格付け)
1919年に始まり1999年に廃止されたシャンパーニュの風変わりな格付け。100~80%の数字で表す。この数字は、標準ブドウ価格の何パーセントで自分のブドウを買い付けてくれるかを示す。村とブドウの色(白、黒)が同じなら、畑や生産者に関係なく一律同じ値というの「勇気あるどんぶり勘定的格付け」。標準ブドウ価格が1kgあたり15ユーロとすると、90%格付けの村なら、13.5ユーロでブドウを買い付けてくれる。なお、100%格付けを特級、99~90%を1級と呼び、廃止された今でも、ラベルでよく見かける。同じ村なら、物凄く頑張って極上のシャルドネを作っても、やる気のない生産者と同じ価格になるんじゃモチベーションが下がるよね。なお、有名メーカーのプレスティージ・シャンパーニュはたいてい、100%のブドウを使うが、例外がドンペリ。ペリニヨン師ゆかりの僧院がオービレール村にあり、敬意を表してこの村のブドウ(93%)を使うという義理堅い理由によるらしい。(関連項目:エシェル)

○ピュリニー・モンラシェ(Puligny-Montrachet)
世界最高値の辛口白、モンラシェを産するブルゴーニュの村。ひところ、ワイン通の間で、ボージョレーの白が「変化球」として大いに流行ったが、意外性を狙うなら、ピュリニー・モンラシェの赤の方が100倍も珍しくてカッコイイ。大昔、ピュリニの大部分でピノ・ノワールを植えていたが、今は、ヴィラージュ、1級、特級の合計236haのうち、ピノ・ノワールの作付面積は6ヘクタール。例えば、ドメーヌ・ジャン・シャルトロンが、クロ・デュ・カイユレの隅で微量の赤を作っている。これが、異常に美味い。【関連語:白いカラス】

○氷果ワイン(ひょうかワイン: Eiswein)
スーパーで売っている紙パック入りのオレンジ・ジュースを冷凍庫に8時間放置してから開封すると、中央に紡錘形の氷の塊ができる。この氷を取り除いた後の果汁は、物凄く甘く、ブドウでこれと同じことをして作るのがアイス・ワイン。デザート・ワインの一つで、熟した葡萄を樹につけたままにし、冬の―6℃以下の寒さで葡萄の水分が凍っている朝4時ごろに収穫しその場で糖度の高い液体を絞る。冷え性の人や低血圧の人にはキツい。何ヶ月も樹につけたまま放置するので、鳥に食われたり、腐ったりとリスクが大きく、かなりの資本力がないと作れない。最近は人工的に凍らせて作る氷菓ワインも出ている。昔はドイツのアイスバインが独壇場だったが、地球温暖化の影響で毎年凍らなくなり、代わって登場したのがカナダのアイス・ワイン。非常に高価だが、「ウチは毎年凍ります」と強気だ。【関連語:クリオ・エクストラクシオン、デザート・ワイン、貴腐ワイン】

表現法(ひょうげんほう)
ワインの香りや味を他人に伝えたり、自分用に覚えるため、表現すること。プロはワインを一口飲んで「ちょっとはにかんで閉じているところがあるねぇ」などと不思議な表現をすることがある。この手の表現にどんなボキャブラリーがあるかは、『ワイン手帳 (ドナルド・サール著、鴨川晴比古訳、開高健監修、新潮文庫1987年』を参照のこと。味覚用語を大胆なヒトコマ漫画で表していて、大いに笑える。ワイン・スノッブ御用達。サール、鴨川、開高はいずれも酒とユーモアの達人。【関連語:コメント】

表紙(ひょうし)
雑誌の顔となる部分。1923年創刊のアメリカの週刊誌、TIME誌の表紙に顔写真が載ると、ワールド・クラスの有名人の仲間入り。創刊以来、38人の日本人が表紙に登場。最初に登場したのは東郷平八郎で1926年11月8日号、最多は昭和天皇の6回。宇多田ヒカルも2001年に登場。ワイン関係者の「TIME誌」が「ワイン・スペクタイター」だけれど、ここの表紙を飾った日本人はまだいない。記事の中でも、私が知っている限りでは、アンドレ・ラモネ氏(ブルゴーニュの白ワイン作りの名手)と談笑している有坂芙美子さん(Vinoteque主宰)のスナップ写真が1991年9月30日号に載っただけ。【関連語:ヴィノテーク】

表紙のワイン(ひょうしのワイン)
ワイン雑誌や書籍で、編集者や著者の思い入れが最も強いワイン。ワインの紹介本では、高くてマズいワインでも正直にそうは書けない。有名だけど弱いスポーツチームを「古豪」と言うように、当たり障りのない表現をする。でも、これ系のワインは、本の表紙には絶対出てこないので、表紙のワインを見れば、著者や編集者が憧れているワインや本当に好きなワインが一発でわかる。【関連語:言い換え】

評論家(ひょうろんか)
ワインの品質を評価する人。ワイン評論家の流れとして、エミール・ペイノーのような醸造学者から、ヒュー・ジョンソンのような業界人へ、さらに、ロバート・パーカーのような消費者へ移行している。ワインも普通の消費材ということ。【関連語:ヒュー・ジョンソン、ロバート・パーカー、スティーブン・タンザー】

ピレネー山脈(ピレネーさんみゃく)
フランスとスペインの国境にある険しい山の連なり。「ピレネーを越えるとヨーロッパではない」などとスペインや、スペイン・ワインを叩くときのダシに使う。【関連語:スペイン】

ビロード(velvet)
別名、ベルベット。漢字表記は「天鵞絨」で空を我が物顔に飛び回る鷹みたいにカッコイイ字面。手触りが滑らかなので、「ビロードのように喉越しがよい」とワインを褒める時の頻出表現。へそ曲がりのオネエサンは、「実際にビロードを飲むとケホケホしません?」なんて言う。【関連語:アンファン・ジェズ】

品種(ひんしゅ)
これが気になりだすと、ワイン道も入門レベルを過ぎ、初級に入る物。ソムリエに聞く場合、「品種は何ですか?」ではなく、「セパージュは何ですか?」と尋ねるとカッコイイ。でも、ブルゴーニュの赤、白の場合、ごく一部の例外はあるが、赤はピノ・ノワール、白はシャルドネで決まりなので、品種を聞くとカッコ悪いかも。ボルドー系なら、いろんな品種をブレンドしているので、ドシドシ聞いて、「熱心な」ワイン通であることをアピールしよう。【関連語:極楽への道】

瓶粧(びんしょう)
100年に1回しか見ないワインの超専門用語。裸のボトルにキャップシールを付け、メイン・ラベル、肩ラベルを貼るなどして、装飾をほどこすこと。それなら、「化粧」は、「お化け」に装飾をほどこすこと?街を歩いていると、そう思う場合が多い……。

備長炭(びんちょうたん)
炭の「グラン・クリュ」。1993年、米不足対策でタイ米を輸入したとき、口の奢った連中が「タイ米は臭い」と言い出し、匂い取りに備長炭が登場。冷蔵庫の脱臭剤と同じ原理。高級ワインの熟成に使う樽は、香ばしさを出すため内側が焦がす一種の備長炭状態。特に、ブルゴーニュでは強く焦がして(ヘビー・ロースト)、スパイシーにするのが大好き。この炭が色を吸い取ることもあり、銘醸物なのに色の薄い赤を見ると、プロは「焦がしが強いのかも」と言う。【関連語:オーク】

瓶詰め(びんづめ)
ワインをボトルに詰めること。ボルドーは畑 (シャトー) の善し悪しがすべてだけれど、ブルゴーニュは、畑だけじゃなく、生産者がとても重要。さらに、オスピス・ド・ボーヌの場合は、誰が瓶詰めしたかも大事。樽買いなので、あとは瓶詰めをするだけだが(別の樽に詰め替える業者もいて、超級複雑)、瓶詰め業者で味わいが違うのはとても不思議だ。なお、オスピス・ド・ボーヌは、瓶詰め業者が違っても同じデザインのラベルを使うのですぐにわかる。【関連語:オスピス・ド・ボーヌ】

ヴィンテージ(vintage)
葡萄の収穫年のこと。葡萄の良し悪しにより、価格は何倍も変わるので、当り年を押さえておくと、超プロっぽい。最近では、1996年(通は、「キューロク」と言う)、1998年(キューハチ)、2000年(ニセン)が当り年。【使用例:きゃあ、これ、ハチ二―じゃないの。高かったでしょ?】

ヴィンテージ・チャート(vintage chart)
収穫年と地域ごとにワインの善し悪しを「主観的」に表したもの。20点法、100点法、5つ星等で表現する。なぜか、世界最大の高級ワイン生産地、ボルドーでの作柄の善し悪しに他の地域の評価が引きずられる。定期的に見直すので、ブルゴーニュの1985年みたいに、当時は5つ星だったのが4つに減ることも。

ヴィンテージ物(ヴィンテージもの)
同じ収穫年の葡萄だけで作る高級、高価で、希少価値の高いシャンパーニュ。ボルドーやブルゴーニュは、1枚の畑、1人の生産者のブドウだけで客を呼べる「テノール独唱」方式でワインを作るが、痩せたブドウしか取れないシャンパーニュでは、いろいろブレンドして、「老若男女混声合唱団」というアンサンブルで勝負せざるを得なかった。これがNVで、シャンパ―ニュ・メゾンの「ブレンド能力」の粋を集めたもの。NVが基本のシャンパーニュだけれど、出来のよい年に、「同学年美男美女合唱団」として作ったのがヴィンテージ物。NVが、「メゾンのブレンド・スタイル」を表すなら、ヴィンテージ物は、「その年の出来具合」を表現する。【使用例:ヴィンテージ物って、何年のがあります?】

貧乏性(びんぼうしょう)
実際に金がある・なしに関係なく、人生が「もったいない」を軸に回っている人。1996年に出した私の記念すべき最初のワイン本、『ワイン道』で、誰でもできる超簡単料理、「アサリのシャンパーニュ蒸し」の作り方を書いた。「アサリをフライパンに入れ、シャンパーニュを浸してマーガリンを一片加え、貝の口が開くまで熱すだけ」と書いたところ、友人曰く、「何でバターって書かなかったんだい? マーガリンて書くと、貧乏ってすぐわかっちゃうよ」。持って生まれた貧乏性はなかなか隠せず、トホホ状態。

貧乏人のグラン・クリュ(びんぼうにんのグランクリュ)
庶民にも買えるブルゴーニュの特級ワイン。昔、ブルゴーニュ・ワインは見つけるのがとても大変だったし、想像を絶する高値だった(今でも変わらない?)。ラ・ターシュ、ロマネ・コンティは夢のまた夢。貧乏人が無理して買える限界がリシュブールだった。だから、古い愛好家には数ある特級ワインの中でもリシュブールだけは今でも別格。名前をつぶやくだけでも、まつ毛が震えるほどの思い入れがあるそう。