連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.20 2019_07_19

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「フ」で始まる語の上編をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■ふ■上編

フィーヌ (Fine)
フランスのワイン生産地で作るブランデーのこと。マールと似ているが、マールはブドウの絞りカスで作り、フィーヌは余ったワインを蒸留する。フィーヌの方が高級そうだが、値段は少し安め。稀少価値はフィーヌの方が圧倒的に高いので、フィーヌを見たら「ヘェー、珍しいですねぇ」というと通の雰囲気が漂う。(関連項目:マール)

フィアスコ (fiasco)
イタリアのキアンティで見かける藁苞のワイン壷。ブルゴーニュのボトルのように首が長く、胴体が膨れている。ワイン冷蔵庫で保管する場合、立てねばならず寝かせられないので、意外に不評なのは可哀そう。英語の「fiasco」には、「大失敗」の意味もあり、日本語なら、「ワイン壷」と「ド壷」か?

フィギュア・スケートのこうこく(フィギュア・スケートの広告)
1998年度NHK杯国際フィギュア・スケートの会場で不思議な広告を見た。スケート・リンクの壁に「Bordeaux Wines」と大書した広告があり、何とその右隣に、「Tasaki」と書いた広告があった。「ヘェー、さすがソムリエ世界一の田崎さんだなぁ」と思っていたら、「Tasaki」は、「田崎真珠」のことだった。単なる偶然にしてはできすぎ?

ふいてますね(噴いてますね)
熱でワインが膨張し漏れた状態。ネックの下のネバネバを見ると、プロは反射的に「噴いてますね」と言う。噴いたワインはオダブツの可能性があるが、プロは「熟成が早まって、今がピークだ」と言いながら美味いと飲んでしまう。19世紀中頃までコス・デストゥルネルが、帆船で赤道を超えインドへ行って帰っただけのワインの評判が良かったのと同じか? レストランでは客に見せる前にネバネバを拭くので、首が異常にキレいなボトルは噴いていたかも。(関連項目:コス・デストゥルネル、鼻血、鼻水)

フィニ、レオノール (Leonor Fini)
1952年のムートン・ラベルを描いたフランス人画家。いわゆる、若く美しくて反抗的な女流画家。センスが良くてリベラルを目指す日本の女性月刊誌が好んで取り上げる三大女流画家が、マリー・ローランサン、タマラ・ド・レンピッカとこの人。薄物を着た女性を好んで描いたので、ローランサン同様、同性愛を噂された。超級美人で、お面をつけたカッコイイ写真がたくさん残っている。永井豪の古典漫画、『デビルマン』はこの写真がヒントらしい。フィニがムートンのラベルに描いた絵の真ん中にある顔は、ルイ・ジャドーのトレード・マークに雰囲気が似ている。

フィフス・ボトル (fifth bottle)
750mlボトルの英米での呼び方。文字通りの意味は、「5分の1ボトル」で、1ガロン(3,785ml)の約1 / 5 であるところから来た。日本では、ブテイユとか、レギュラー・ボトルと呼ぶ。(関連項目: 1ケース、キャール・ボトル、720ml)

フィルターろんそう(フィルター論争)
ワインの瓶詰め時にフィルターをかけるかどうかの論争。推進派、ヒュー・ジョンソンは「クリーンなワインにはフィルターが必要。そうしないと、微生物が残り二次発酵の危険性がある」と著書で書く。一方、「フィルターはワインの個性を奪う」と考えるロバート・パーカーは、『ワイン・アドヴォケイト』誌でフィルターをかけたワインを無条件に大減点するという大人気ない強硬手段に出た。二人は犬猿の仲で、互いに相手を意識している。(関連項目:ヒュー・ジョンソン、ロバート・パーカー、パーカー化)

フィロキセラ(バイオ・タイプA)
ブドウ樹の根に寄生する恐怖の害虫。20世紀初め、アメリカから輸入したブドウ樹に付いたフィロキセラ(バイオ・タイプA)がローヌを震源に欧州に蔓延しブドウ園が壊滅。フィロキセラに強いアメリカ産ブドウ樹(ヴィティス・ラブルスカ種)を台木に接ぎ木して切り抜けた。フィロキセラに感染すると一年で枯れるブドウ樹もあるし、抵抗力があると数年は生き長らえる。だから、デボラ熱に罹患したみたいに急激に死ぬのではなく、年齢により進行が変わる癌に似ている。(関連項目:ヴィティス・ラブルスカ、ヴィティス・ヴィニフェラ、食物連鎖、フォクシー・フレイバー、語感)

フィロキセラ(バイオ・タイプB)
フィロキセラ騒動が治まって80年後の1990年代、今度は別種のフィロキセラがカリフォルニアで流行(これがバイオ・タイプB)。どうも、カリフォルニアで使った台木が純粋なアメリカ種の野生児ではなく、ヨーロッパ種のお上品な系統が少し混じっていたためらしい。中途半端にワイルドではサバイバル・ゲームに生き残れないのだ。(関連項目:ヴィティス・ラブルスカ、ヴィティス・ヴィニフェラ、食物連鎖、フォクシー・フレイバー、語感)

フェラーリ (Ferrari)
甘口が多いイタリアのスパークリング・ワイン界にあって、ガチガチの辛口を作る名門生産者。スポーツカーのフェラーリの子会社と思っている人が多いが、全く無関係。本多や豊田と同じように、イタリアによくある姓。日本人が外国でレストランの電話予約をする場合、困るのは、ウマく自分の名前が伝わらないこと。そんなとき、予約手段と割り切り、「トヨタですけれど、4人の予約をお願いします」と言う人がいる。なるほど。

フォーマン・ヴィンヤーズ (Forman Vineyards)
世界一のブルゴーニュ系シャルドネを作るキスラー・ヴィンヤーズを0.5ゲーム差で追いかけている(と、私が思っている)ナパの生産者。ラベルの雰囲気もよく似ている。年産2,000ケースほどなので、探すのはキスラーより大変だけど、値段は5,000円以下で、まだ知名度は低いので買うなら今のうち……と思っていたのが20年前。今は、1万円近くて、大御所の仲間入り。(関連項目:キスラー・ヴィンヤーズ)

フォイル・カッター (Foil Cutter)
キャップシールを切る便利な小道具。「舌切りスズメ」の和鋏みたいな形をしていて、コキコキと2、3回、回すだけで簡単に切れる。便利だしキレいに切れるので、欧米のソムリエに愛好者が多い。日本のソムリエは、素人臭く見えるのを嫌ってか、ソムリエ・ナイフで十分と考えてか、誰も使わない。

フォクシー・フレイバー (foxy flavor)
アメリカ原産のヴィティス・ラブルスカ種の低価格ブドウで作る赤ワインに特有のファンタ・グレープの香り。「フォクシー」の言葉は、「ラブルスカ」が「狐」を意味し、また、狐や鹿が好んで食べることに由来する。アメリカの調査では、男性はこの匂いを嫌い、女性は好むという。アメリカで「フォクシー」は、カウボーイの扮装が似合うワイルドでセクシーな女性の形容詞。例えば、初代チャーリーズ・エンジェルのファラ・フォーセット・メジャーズ。格好よかったなぁ。(関連項目:ヴィティス・ラブルスカ)

ふくざつ(複雑)
「果実味」「凝縮感」とともに、プロがワインを誉めるときによく使う言葉。「味や香りが複雑」は高級ワインの条件だが、一歩間違うと、「雑味がある」とけなされる。(関連項目:果実味、凝縮感、雑味)

ふくしょう(副賞)
国内のソムリエ・コンクールに入賞すると、協賛業者からドッサりともらえる物。例えば、1996年度の第1回全日本最優秀ソムリエ・コンクールの優勝者には、ワイン・グラス、フランス語のレッスン1年分のほか、ワインが計200本以上贈られた。ワインの副賞は1社で1本とケチくさかったが、シャンパーニュは1ケースくれたりと大盤振る舞い。羨ましい。(関連項目:国内ソムリエ・コンクール)

ふじかわにさ(藤川二佐)
日本人ワイン愛好家の中で国際的に一番有名な人(二番目は麹谷宏さん)。藤川二佐は、リチャード・コンドンの小説『ワインは死の香り』に登場する自衛官。英国海軍空母の元艦長がボルドーで強奪した2万ケースの高級ワインを200万ポンドで買い取った上、結局、その200万ポンドも元館長から巧妙に巻き上げる。原題の『Arigato』は、大儲けした藤川二佐の気持ち。不思議なのは、原語の「Fujikawa」を日本語訳では「富士川」じゃなくて「藤川」の漢字をあてたところ。なぜだろう?(関連項目:「アリガト」)

ふしぎなディスプレイ(不思議なディスプレイ)
昔、サンフランシスコのワイン・ショップで見た不思議なディスプレイ。葡萄のツルに似せた針金で大き陶器の水差しを天井から吊ってある。45度に傾けた水差しから赤ワインが下の桶にジャバジャバ注がれている。空中の水差しは、針金としか接してないのに、ワインが無限に溢れ出る。店員さんに、「超常現象」の謎を聞くと、「下の桶に小型ポンプが仕込んであり、透明のチューブでワインを水差しへ送っている。チューブは放物線状に落下する赤ワインの流れと重なって、見えないんだ」。なるほど頭がイイ。

ふじたつぐはる(藤田嗣治)
北斎、写楽、広重、歌麿に次いで国際的に有名な日本人画家。猫がシンボル。日本人画家の中で、最もシャンパーニュに縁が深い。GHマムのロゼのミュズレのバラを描いた。テタンジェが、ボトルのデザインを毎回変える「テタンジェ・コレクション」を企画したとき、初代画家を打診されたのが藤田。残念ながら急死したため、ヴァザルリが代わりに描いた。なお、藤田の左手首には腕時計の刺青があり、8時45分を指している。「もう、遅いので」と帰ろうとするオネエサンにこの「腕時計」を見せ、「まだ、早いよ」と口説いたそう。(関連項目:ヴィクトル・ヴァザレリ)

ブショネ(bouchonné)
コルクに発生したカビの悪臭が移ったワイン。欠陥ワインで一番多いのがこれで、発生確率は5%前後、100本に3~8本にもなるそう。レストランでブショネに当たると正常の物と交換してくれる。ワイン・スノッブの中には、交換させた回数を誇る人もいる。香りの試薬を集めたネ・デュ・ヴァンに「ブショネ」の匂いはないので、ワイン・スクールでは説明に苦労するそう。私は今でもよく分からない……。(関連項目:合成コルク、ブショネの原因、ホスト・テイスティング、ネ・デュ・ヴァン)

ブショネのげんいん(ブショネの原因)
世界最大のコルク生産地、ポルトガルでコルクを漂白するときの塩素がカビや湿気と一緒になって悪臭の原因になるそう。炎でコルクを乾燥させ、ブショネ率が減った。今では、セラーの湿気で段ボール箱にカビが生え、これがコルクに移って起きるそう。悪臭があると、ワイン生産者は質の悪いコルクのせいにし、コルク業者はワインの品質ムラが原因とお互いに責任をなすり合うのが定石。(関連項目:合成コルク、ブショネ)

ブシャール・スキャンダル
ラ・ロマネ、ランファン・ジェズなど超有名モノポールを所有の超名門、ブシャール・ペール・エ・フィス社が1987年に起こした不祥事。補糖と補酸の併用、法定限度を超えた補糖、AOC外のブドウで高級ワインを作るなど、ぞろぞろと悪事が発覚。いい加減に作ったランファン・ジェズは、ラベルの幼子イエスがサングラスをかけていたそう(ウソです)。結局、信頼を回復できず、1995年、シャンパーニュのアンリオ社に身売りして260年超の長い歴史を閉じる。売却以降、質が飛躍的に上がった。(関連項目:ランファン・ジェズ、ラ・ロマネ)

ブスコー、シャトー (Chateau Bouscaut)
ボルドー地方グラーヴ地区の超名門ながら、最悪の名前を持つシャトー。彼女へのプレゼントには使えないし、レストランでもオーダーしにくい。1986年の阪神タイガース優勝に貢献した大魔神様、ランディ・バースは「Bass」なので、「バス」と読むのがホント。でも、球団は「オンボロ・バス」とヤジられるのを嫌い「バース」を登録名にした。阪神にもこれだけの知恵がある。ブスコーの輸入代理店は何とかならなかったんだろうか?(関連項目:ネーミング)