連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.21 2019_07_26

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「フ」で始まる語の中編をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■ふ■中編(前回のつづき)

ふたりのウィムジイきょう(『二人のウィムジイ卿』)
女流作家のドロシー・セイヤーズが1929年に書いた名作短編ワイン・ミステリー。ウィムジイ卿と名乗る男が二人、毒ガスの製法書を受取りにフランスまで来た。片方は偽者で、本者はワインの熱烈な愛好家。偽者を暴くため、シャブリ・ムートンヌ、モンラッシェ、シュロス・ヨハニスベルガー、ラフィット、クロ・ヴージョをブラインドで試飲させる。一人がすべて当てるのだが……という話。高級ワインで尋問とは、物凄く優雅な世界。(関連項目:ロアルド・ダール)

プチ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルト、ル (Le Petit Mouton de Mouton Rothschild)
あのムートンの「現在の」セカンド・ラベル。1993年に、ル・スゴン・ヴァン・ド・ムートン・ロートシルトというセカンドを出したが、「スゴン・ヴァン」が「2番目のワイン」を意味するため、2級格付けのシャトー等からクレームが来て、翌年1994年、この名前に変えた。でも、なぜか1995年は作っておらず、運命に翻弄された可哀相なワイン。改名の経緯は「ル・スゴン・ヴァン・ド・ムートン・ロートシルト」の項を参照。(関連項目:ムートン・ロートシルト、セカンド・ラベル)

ぶちょうしまこうさく(『部長島耕作』)
超人気サラリーマン漫画。『課長島耕作』のリニューアル版で、『取締役島耕作』『常務島耕作』『専務島耕作』『社長島耕作』『会長島耕作』『ヤング島耕作』『係長島耕作』『学生島耕作』まである。仕事と女に辣腕ぶりを発揮する部長島耕作が社内の政治抗争のあおりで子会社の貿易会社へ専務として出向。新会社でワインの輸入を担当する。行く先々でル・パン、ペトリュス、マルゴー、ラトゥール、ロマネ・コンティなどの超銘醸ワインを飲み、イイ女とお楽しみ。羨ましいワイン・ライフを送っている。

ふつかよいのほうそく(二日酔いの法則)
ワインは二日酔いしない言われているが、これは絶対にウソ。長年にわたる私の地道な研究によると、ワインによる二日酔いの後遺症の程度は、最後に何をたくさん飲んだかによって異なり、シャンパーニュ、赤、辛口白、超甘口白の順に症状は重くなる。特に、「デザート・ワイン性二日酔い」は最悪で、喉の奥に甘味がベタっと残り、地獄の苦しみが続く。(関連項目:小間物屋、試練)

ぶつだん(仏壇)
日本の古道具類の中で、在日欧米人のワイン愛好家に意外に人気が高い物。理由は、「ワイン・セラーにピッタリだから」。そう言われれば、サイズ、引き出し、扉などあつらえたように使い勝手がよさそう。装飾もなにやら豪華だし。でも、薄暗い地下室に仏壇を何十も並べ、ロウソクをともしながら澱をチェックする姿はちょっと不気味。なお、火鉢もワイン・クーラーとして人気が高い。(関連項目:ワイン・クーラー)

ブドウ(葡萄)
果物の中で一番甘い物。水はけが良くて滋味のない痩せた土地で栽培すると、水や養分を求めて根を10mも張って良い実を着けるし、木と木の間隔を狭くすると、ストレスのために、質の高いブドウができるらしい。イジメられると良くなるとは、スポーツ根性漫画の古典、『巨人の星』みたいな果物。なお、日本では90%近くが生食用だけど、世界的には80%がワインになる。

ふとうえきじけん(不凍液事件)
1985年、舌触りを滑らかにするために、不凍液入りオーストリア産高級デザート・ワインが出回った事件。当時、ヨーロッパには「ウチのワインは凍ります」と宣伝するヒョウキンな生産者もいた。日本では刑事事件に発展し、醸造所が業務停止処分を受けるなど、大騒ぎ。でも、この事件に対する医者やワイン・ライターの扱いは、「何百本も飲まないと健康に影響はない」「誰も死ななかった」「ワインを世に知らしめるきっかけ」など、とても寛大。可哀そうなのがオーストラリア産ワインで、名前が似ているというだけで、売れなくなった。

ぶどうしゅ(葡萄酒)
「葡萄酒」という文字を見ただけで、ボディが豊かで熟成香がきれいに出た年代物のグラン・クリュを連想する。この響きの美しい大和言葉が死語となり、サラッと軽い「ワイン」だけになったのは寂しい。そう言えば、「スプーン」が「匙」に取って代わり、最近では、「医者がスプーンを投げる」ようになった。

ふどうとくてきこうい(不道徳的行為)
銀座のバーでママさんの誕生パーティーがあり、ソムリエ役として参加した人の話。最初の乾杯用にクリュグ・ロゼをサービングしたとき、氷入りのグラスを出したオジサンがいたらしい。仕方ないので注いだが、フランス人形のスカートをコッソリめくるような、不道徳な気持ちになったという。日本でクリュグ・ロゼが一番売れるのは、こんな状況なのが現実。オリビエさん、ゴメンナサイ。

ブドウのえ(葡萄の絵)
ワインの雑誌や本によくあるイラスト。葡萄の品種を絵で紹介しているが、葡萄の実の絵を見るたびに、どれも全部同じに見えるのは私だけではないはず。ボルドーの人は葉の形で見分けるとのこと。なるほど。

ふはいこうぼ(腐敗酵母)
ボタノマイシス、デケラ等、いわゆる、馬小屋臭を出す酵母。少量ならワインに複雑味を与えるらしい。香水も同じで、お子様用は爽やかな柑橘系のみを使うが、大人の香水には、ごく僅か糞便臭(スカトロ臭)が入れてある。それがセクシーさの秘密らしい。なるほど?

フューチャー・ワイン (future wines)
ワイン界のギャンブル。フランス語で「アン・プリムール」、日本語で「新酒買い」。収穫の翌年、ワインが樽に入っている時点で、先物としてワインを売り買いすること。毎春、『ワイン・アヴォボケイト』誌や『ワイン・スペクテイター』誌は、「樽から試飲したボルドーのレポート」を大々的に特集し、ワイン愛好家はこれを読んで、新酒を買うかどうか判断する。醸造元がオープニング価格を設定する場合も、このレポートを参考にする。オー・ブリオンの価格を見るたびに、「味わいはマイルだが、ビジネス戦略は超ハード」と思う。(関連項目:ニューヨーク・タイムズ)

フューチャー・ワインのりてん(フューチャー・ワインの利点)
シャトー側は、早く換金できるのがウレシい。消費者は年産300ケースみたいな超稀少ワインを確実に入手できる。ジェロボアムみたいな大型ボトルに瓶詰めしてもらえるので、記念年のワインにと考えている人に良い。大儲けができる可能性があり、例えば、世紀のビンテージ、1982年のボルドーをフューチャーで買った人は、2年後に現物が届く頃には価格が何倍にも跳ね上がり、ボロ儲けした。以降、これがアメリカ人の頭の中にしっかりエッチングされ、1982年が「最後のボロ儲け」なのに、今でも、フューチャー・ワインで大儲けできると信じている。(関連項目:フューチャー・ワイン)

フューチャー・ワインのリスク
酒屋に大金を前払いしなければならないので、2年後の出荷時までに酒屋がバッタリ倒産すると、払い込んだお金は戻らない。フューチャーの価格は出荷時価格より安いことが多いが、1988年みたいに、出荷時の価格のほうが安い場合もあるので注意。とにかく、投機目的で買うのはリスクが大きい。(関連項目:フューチャー・ワイン)

フュメ・ブラン (Fume Blanc)
白ワイン用のブドウの品種。ソーヴィニヨン・ブランのアメリカでの呼称。リースリング種にグレープ・フルーツを入れたような味で、ラムネ菓子の風味がある。シャルドネの後釜として有力視されているが、まだアメリカには有名高価な物がないので、安ワイン用のブドウと思っている人が多いのは残念。(関連項目:商標登録)

ブラインド・テイスティング (blind tasting)
自分の感性と評価力を試される恐怖の試飲。ワインを紙袋に入れラベルを隠して飲むこと。本格的なブラインドでしくじると、試飲する人とワインの両方が恥をかく。主催者はそれを意図して罠を張るのでタチが悪い。1本2,000円のACブルゴーニュと3万円のシャンベルタンを間違えるのは当たり前。ヒュー・ジョンソンでさえ、「ボルドーとブルゴーニュを間違えたことはあるか?」と聞かれ、「今日はまだない」と答えた。(関連項目:完全ブラインドテイスティング、1976パリ・テイスティング、ヒュー・ジョンソン、ブラインド・テイスティングのワイン、ホスト・テイスティング、PK戦)

ブラック・ホール (black hole)
超高密度な星の異常に強い重力により、光さえも出られない宇宙の「アリ地獄」。存在は証明されていないが、あれば、いろいろなことが説明できて便利なのでよく使う。ワイン界の「ブラックホール」的な言葉が、「旅の疲れ」、「テロワール」、「トンネル」。どの言葉もみんなが便利に使っているけれど、本当の意味は誰にも分からない。(関連項目:旅の疲れ、テロワール、トンネル)

ブラネール・デュクリュ1934年、シャトー (Ch. Branaire Ducru)
ロアルド・ダールの超有名ワイン短編小説『味』に出てくるワイン。『味』では、このワインを軸に賭けブラインド・テイスティングに発展する。普通、有名小説に出てくるワインは知名度が上がるはずだけど、ブラネール・デュクリュの場合は例外。メドックの4級格付けとエリートながら地味で、渋いプロ好みという感じ。(関連項目:『味』、ロアルド・ダール)

フランケン (Franken)
ドイツのワイン生産地。ボックス・ボイテル(「ヤギの睾丸」の意味)と呼ぶ変形ボトルに詰める。トゲトゲのない「レミー・マルタン・ルイ13世」みたいな形。このボトルは冷やそうとしても、ソーに入らないし、セラーでストックするにしても、ウマく重ならない。出荷の箱詰めも大変そう。こんな人騒がせなボトルを使う理由はただ一つ、「目立つこと」。変形ボトル路線の究極がイタリアのツイストネックか?(関連項目: ソー、ツイストネック)

フランジ・ボトル (Flanged Bottle)
キャップシールを使わず、瓶牛乳みたいな紙ブタやワックスをつけただけのボトル。鉛汚染防止条例により、鉛のキャップシールが使えないカリフォルニア物に見かける。「高級感がない」との消費者のクレームを防ぐため、モンダヴィは、まず同社の最高級ワインに導入。「フランジ・ボトルは高級」と刷り込んだ後で、普及品でも使用。クレームは出なかった。さすが、アメリカはマーケティングの国。(関連項目:環境問題、天盛り)

ふらんすのちかてつ(フランスの地下鉄)
日本のグリーン車と違い、フランスの地下鉄の1等は、運賃は高いが普通車と同じ車両を使うし、サービス内容も違いがない(利点は「混雑しない」だけ)。これと同じ状況が1991年以前の日本酒の級別制度。特級、1級、2級があったが、違いは質ではなく、価格の中の酒税。価格が高ければ(酒税が多ければ)、アル添酒、3増酒でも特級にしてもらえた。これに反発したのが地方の地酒。手間ヒマかかる酒なのに、認定を受けない「無鑑査2級」を作り続けた。(関連項目:アル添酒、3増酒、全国新酒鑑評会、無鑑査2級)

フランチャコルタ (Franciacorta)
イタリア製のスパークリング・ワイン。1997年にイタリア・ワインの最高位、DOCGに昇格。同じスプマンテでもアスティ・スプマンテに比べると、シャンパーニュ方式で作る辛口だし、シャルドネを使うためプロの評価は段違いに高い。でも、1本3,000円はするし、中には1万円を越えるものもあるんで、シャンパーニュに対抗するのに苦労している。もちろん、イタリア首相官邸での晩餐会では、必ずこれが出る。(関連項目:アスティ・スプマンテ、DOCG)

ブラン・ド・ノワール (blanc de noir)
「黒の白」の意味。黒ブドウ(皮の黒いブドウ)だけで作る白ワイン。シャンパーニュでよく使う。皮の色が着かないように、そっとブドウを絞らなきゃならいし、ピノ・ノワールはシャルドネより収穫時期が1カ月遅くて雨や雹害の可能性もあり、結構苦労が多い。エレガントなブラン・ド・ブラン(白の白)が女性だけの華やかな「宝塚歌劇団」なら、ブラン・ド・ノワールは男だけの「歌舞伎」。宝塚より歌舞伎が威張っているように、ブラン・ド・ブランよりブラン・ド・ノワールはプロっぽいので威張っている。(関連項目:ブラン・ド・ブラン)

ブラン・ド・ブラン (blanc de blancs)
「白の白」の意味。白ブドウ(皮の白いブドウ)だけで作る白ワイン。スパークリング・ワインでよく使う。シャンパーニュの場合は、超人気の白ブドウ、シャルドネだけで作ったものをいう。「女の園」の宝塚のように、華やかでエレガントなイメージがあり大人気。シャンパーニュの基本は白黒ブドウを混ぜることだが、零細シャンパーニュ・メゾンは、収穫時期が遅くて手のかかるピノ・ノワールの栽培を嫌がり、ブラン・ド・ブランを作りたがる。(関連項目:ブラン・ド・ノワール)

ブランド志向 (ブランドしこう)
自分の味覚やセンスで物を選ぶ自信がない人。「ワシはラトゥールしか飲まんゾ」と豪語する人がこれ。エシェゾーやムルソーのウマさを知らないのはカワイソー。こんな人にブラインドで試飲させると、ソシアンド・マレあたりの「タンニンのお化け」をラトゥールと言うかも。ブランド志向はワイン通の正しい姿だが、次世代のスーパー・スター探しも、ワインを飲む大きな喜び。だから、ブランドとブラインドの両方が大事。(関連項目:イバる、ワイン通)