連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.24 2013.04.14

温暖化とワイン

かなり以前から、温暖化がブドウ栽培とワインづくりに影響を及ぼすことが指摘されています。2100年までにアメリカではナパやソノマは全滅とか、ドイツやカナダのアイス・ワインも危機的とか。Revue du vin de Franceのネット・ニュースでも取り上げられています。
 題して、「気候変動は、ワインの世界地図を書き換えるか-気候変動のおかげで、スカンジナビア諸国は、ワインの生産国になるだろうか。新しい地域にブドウ畑ができる可能性があると予言する学者もいる」-以下は、その記事の紹介です。
  2050年、われわれは、「イケア」で、スエーデンの格付けワインを買うことになりかもしれない、北欧流のおとぎ話かもしれませんが、醸造と気候の専門家はブドウ畑の世界地図が変わると見てます。長引く気温の上昇と乾燥で、伝統的な地域は何らかの影響を受け、新しい地域にブドウ畑ができる可能性があります。これに対して、悲観的な見方も、楽観的な見方も、混在しています。とはいえ、伝統的な地域がいつまでも同じままの状態で存続するわけではなく、新しい戦略も必要です。実際、ドイツでも、今までは、栽培が困難なところでも、エレガントなワインが作られはじめ、デンマークでも、ワインを作り始めています。
 オレゴン大学醸造学のグレゴリー・ジョーンズ教授によると、タスマニアや、チリの南部、オンタリオを始め、カナダの他の地域、イギリス、フランスのモーゼル流域、ドイツのライン流域などは、むしろ気候変動から、利点を引き出すことも可能。品種のヴァラエティが変わることもあるし、また同じスタイルのワインを作り続けることができるか、疑問である、とも。
 フランス国立農学研究所(INRA)傘下の国際農業および森林気候変動計画委員会(ACCAF)は、ワイン業界とも協力していますが、2050年には、2度気温があがり、その他の極端な異常気象現象も起きる、と予測しています。
 湿度や気温の急激な変化、思いがけない雨や霜といったものが、甘味と酸味のバランスや、タンニンの熟度、アローマにも大きな影響を与えます。白ワインで言うと、はつらつとして新鮮で繊細なものが、花の香りをもった、ふくよかなものに、ミディアムボディの赤ワインは、果実味豊富で、厚みがあり、凝縮した重いものに変化します。(ということは、ロバート・パーカー好みになる?)
 アルザスでは、すでに気候変動が問題となっていて、香りの特徴や糖分と酸味のバランスが変わってきている、と主張しているのは、この委員会のジャン=マルク・トゥザール。消費者の動向も知る必要があるとのことです。そういえば、わりとまえに、アルザスのドメーヌTrimbachも、気候変化を気にしていました。
 一方、ボジョレーでは、気温上昇が、ワインの質を高めています。以前は、糖を添加してアルコール度を高めてきましたが、2003年のものは、コート・ドュ・ローヌに似ていた、とボジョレーのジャン・ブールジャードは語っています。いやはや恐ろしい。ということは、南フランスでも。
 ラングドックでは、以前より温度が上がり、乾燥し、アルコール度もかなり高いワインになっています。栽培者もすでにこれに対応して、高度の高いところや、異なった土壌にブドウを植えています。これからしても、AOCが変わりそうです。
 もう一つの解決策は、シチリアやギリシアやスペイン、ポルトガルなど暑い気候のブドウ品種に転換することです。ポルトガルだけでも、原産の品種は100から150種もあり、そのほとんどがまだはっきりと知られていません。南の暑い地域のブドウ品種は、将来の暑さに対して、遺伝的にもポテンシャルをもっている、と委員会のメンバーは言っています。
http://www.larvf.com/,vins-ecologie-vignobles-geographie-le-changement-climatique-va-redessiner-la-carte-mondiale-des-vins,2001117,4299225.asp

イギリスでも、ベルギーでもブドウ栽培とワイン作りが当たり前のものになってきていますので、北欧でも、本当にそのうち可能になるかもしれません。そうした水平的広がりは、ブドウ品種も含めて、AOCを変えるでしょうし、垂直的広がり、つまり高地にワインを植えるということは、AOCに栽培地の高度も条件として加わるかもしれませんね。同じAOCでも、平地のものは、ジェネリック扱いで、高地のものだけが格付けされるとか。ワインの資格試験も難しくなりそう・・・。

 こうした問題をどう考えるかは難しいですが、歴史を振り返ると、こういうこともあります。
 これまでも、よく取り上げてきた、ロジェ・ディオンの『フランスワイン文化史全書』 によると、古代ローマで農業技術が進歩し、ローヌ河中流域地方で、寒さや湿気に強い新しい品種が作り出されます。そのおかげでぶどう栽培の北限は、コート・ロティのようなナルボンヌ(ローマの属州)という地域を越え数百キロ押し上げられ、その結果、現在ぶどう畑が見られる緯度にまで達することができました。
 自然条件がぶどうに適し、つねに一定の収量を保証された地中海の平野には平凡な品質のワインを大量に作り出す地域が集中したのに、ブドウ栽培に適していないはずの地域に、高品質のブドウとワインが作られるようになったというのです。そのなかで、アロブロゲス族が作り出したのが「アロブロジックallobrogique」。これが、現在のピノ種とも言われます。
 ブドウ栽培とワイン作りは、自然に対する人間の挑戦だったわけです。地図は変わるかもしれませんが、フィロキセラを乗り越えたように、品種改良を始め、さまざまな工夫によって、ワインがいつまでも、人類にとっての賜物になると、楽観的に考えていきましょう。
 ところで、消費者である私たちは、どうすればいいのでしょうね。