連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.57 2016.03.12

ベルジェ・コレクション

 ベルリンの壁が墜ちた1989年、パリではフランス革命200年を祝っていたことを今でも感慨深く思い出します。200年祭り意味するbicentenaireを記し、革命軍のスケッチを描いたエチケットのワインもたくさん出回っていました。その頃よく泊めてもらったのは六区セーヌ川左岸にある友達のアパルトマンでした。サン・ジェルマン・デ・プレにも近く、デ・プレの教会にあるデカルトの墓もたびたび訪れていました。教会というと少し南にサン・シュルピスという大きな教会―ノートルダムに次ぐパリで二番目だそうです―があって界隈はお気に入りの一つでした。女優のカトリーヌ・ドヌーヴがそこのアパルトマンに住んでいて、当時はマルチェロ・マストロヤンニと歩いていることもありました。そのサン・シュルピス広場にあったのが、左岸を意味するリヴ・ゴーシュを掲げたイヴ・サンローランのブティックでした。ドヌーヴは長年サン・ローランのイメージ・モデルでしたが、そのサン・ローランが亡くなってもう8年になります。彼がディオールを解雇された後、独立に援助し、長年公私にわたるよきパートナーであったピエール・ベルジェ。パリのドゥルオ通りにある彼のカーヴが売りに出されます。3月10日、19時から販売が始まるようで、そのコレクションが掲載されました。当然ながら高級ワインが並びますが、比較的、お安いそのお値段にびっくり。もっとも、そこからぐんぐんあがるのでしょうね。詳しくは以下のところをみればわかりますが、いくつか紹介します。
http://www.pba-auctions.com/html/index.jsp?id=26523&lng=fr&npp=1000
 まず、Champagne Heidsieck Monopole « Goût américain » 1907 例のドイツのUボートに撃沈されたスクーナーがバルト海に沈んでいたものをひきあげたシャンパーニュです。 5 000から6 000ユーロ。以前にも書いたことがありますが、10年ほど前に私が飲んだときは、シュミネが数筋たってまだまだ<いける>状態でした。たしか80万くらいでしたから、これも妥当な値段でしょう。これが最も古いものの一つ。意外なようですが思うほど古いワインだけがざくざく、というコレクションではないようです。
 次に古いのが、1920年代のワインです。まず1927年のマグナムのアルマニャック Grand Armagnac-Ducasanigで800から1000ユーロ。1924年のポートワイン Porto《Couhetia》 Real Companhia Vinicola do Norteは、二本で300から400ユーロ。最近はポートワインなど、誰も飲みませんねえ。それからラムBally, plantation Lajus du Carbet 1939 、2 000から2 500ユーロ。
 さて、ボルドーでは5大シャトーはいうに及ばず、ミッション・オー・ブリオン1959年の12本、18000から22000ユーロ、コス・デストゥネルの1928年。5本で1800から2000ユーロも。さらに1966年のマグナム2本300から400ユーロはお買い得な感じがします。かつてかなり評判の高かったグリュオ・ラローズでは59年のマグナムが400から600ユーロなどがあります。(1916年のラローズを5万円ほどで買い、まるで香水のような馥郁たる香りと繊細な味わいに心震えた経験があるため、好意的になります。)5大シャトーで目に付いたのを挙げると、1953年のオー・ブリオン3本で3000から3600ユーロ、59年のドゥブル・マグナムが8000から10000ユーロ。ラフィットは、まず1895年ものが2本供出されており、8000から10000ユーロと5000から8000ユーロのもの。後者は写真で見ると、かなり液面が下がって、瓶の肩のあたりまでになっています。ルブッションなどの処置をしなかったのでしょうか。29年の3本セットが3600から4600ユーロ。マグナムは3000から4000ユーロ。40年代、50年代から1994年まであり、かなりのコレクションとなっています。個人的に注目は、61年の2本セット1600から2000ユーロ、かの61年の輝きをいまだもっているでしょうか。ラトゥールは1926年の6本セットが4200から4800ユーロの他は、50年代が3セットと64年があるのみで、後は80年代。マルゴーは1928年が650から800ユーロ、34年2本セット、600から800ユーロ。ムートンの古いのは1946年(3500から4000ユーロ)から2002年(マグナム3本で1800から2200ユーロ)。ペトリュスは1969年が一番古くて1000から2000ユーロ。シュヴァル・ブランは1929年がありますが、これはかなり液面が低く、800から900ユーロ。シュヴァル・ブランのコレクションもかなりそろっていますが、けっこう新しいものが多く、注目は86年のマグナム3本、1800から2200ユーロ。コレクションの内、ボルドーの目玉は1921年のシャトー・クリマンのジェロボアム、3000から4000ユーロ。写真を見る限る真っ茶色になっていますが、どうでしょうね。抜栓後、急速に衰える可能性があるうえ、なにしろ6リットルですから、大勢集めて乾杯!といかないと。ディケム37年の2本セット、3600から4000ユーロも、かなり茶色に変色しています。また個人的経験を引き合いに出して恐縮ですが、1917年のディケムは甘みはなくなり、やはり変色して美味しいのかどうか、なかなか難しかったですが、たしかにえもいわれぬ味わいで、こういうのがネクター(神の酒)かと感じたことがあります。最近、人気がないですがソーテルヌの古酒も一興です。
 ブルゴーニュは定番?のDRCがならびますが、それとは別にルモワスネノリシュブール53年と55年があり、写真を見る限り、それぞれかなりコンディションがよく、これで350から400ユーロはお買い得。さて、DRCは、というと、ロマネ・コンティはありません。サン・ローランと二人で飲んでしまったのでしょうか。その多くはグラン・エシェゾーです。ただ、70年代の3本セットが1200から1500ユーロである他は、ほとんどが1990年代なので、もし買えたとしてもしばらく飲めません。
 さてシャンパーニュです。最初に挙げたエイドシック以外に、ボランジェRD 1959年2本セット、1400から1600ユーロと、同じく61年250から300ユーロもそそられますが、75年のペリエ・ジュエ、マグナム6本が1500から1800ユーロ、61年のポメリー・マグナム400から500ユーロ、テタンジェ・コント・ドゥ・シャンパーニュ61年5本セット、1800から2000ユーロがいいですねえ。シャンパーニュ好きとしては、かなり欲しい。パリの友人に相談してみようか・・。
 実際のベルジェ・コレクションがどうなっているのか分かりませんが、出品ワインから見る限りでは、ラムは例外でしょうが、ポート、アルマニャックがあり、後はボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュときわめて、しかも超正統オーソドックスです。ローヌやアルザス、ロワールもありません。ましてイタリアやドイツ、ニュー・ワールドのワインもありません。サン・ローランがディオールで活躍し始めたのが1957年頃、62年に恋人でもあったベルジェの支援をうけ、独立し、冒頭のプレタ・ポルテの「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」が1966年。時代と、ファッションとワインのコレクションがダブります。ともにフランスが一番!と胸を張って言っていた、古き良き時代です。