連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.97 2019_06_21

~ワイン・ビジネスに必須の学位~

Tariquetというガスコーニュのドメーヌをご存じでしょうか。岡山、宮城、石川、広島(Revue du vin de France誌では「広島」がなぜか省略されています)の漁協、漁連から公認されているワインを産出しているそうです。RVF誌ではChateau Tariquet オフィシャル・サイトではDomaine Tariquetになっていて、どっちやねん?と突っ込みたくなります。もともとガスコーニュでアルマニャックを生産していましたが1980年代に入ってワインを作り始めたようです。RVF誌の記事では、クラシック(ユニ・ブラン、コロンバール、ソーヴィニヨン・ブラン、グロ・マンサン)、ソーヴィニヨン、シャルドネがとくに牡蠣との相性抜群でというお墨付きを得たとか。ガスコーニュのIGPランクで、南西地区ワイン・ファンの私としてはうれしいのですが、このドメーヌを経営するグラッサ家は日本でもブームを期待しているわけでもない、とも書かれており、オフィシャル・サイトのニュースにも載っていません。なんかちぐはぐです。それはともかく、どういういきさつで「公認」になったのか、私は知りませんが、こういう動きもあるのですねえ。

まだワイン本などそれほど出回っていなかった1980年代(フランスでもそうでした)麻井宇介氏の『ブドウ畑と食卓のあいだ~ワイン文化のエコロジー』(1986)は愛読書の一つでした。その中にアメリカのビジネスマンがもつ手帳にはワインのビンテージ・チャート表が記載されており、アメリカでは商談の際に、こういう話題にも、ついていかなければならない、といささか驚きの調子で書かれていましたが、今では日本の漁協とも手を組むほどワイン・ビジネスが膨れあがっています。

そのための学校が、今月のRVF誌では特集されています。題して「ワイン・ビジネスで働くための最も優れた資格」。たしかに葡萄を作って売るだけでも多くのビジネスが発生しますし、コルクや樽、瓶の製造もそのビジネスの一端ですから、いわゆるステークホルダーは、かなりの広範囲にわたります。

ところでフランスの教育制度の歴史はけっこう複雑で、教育の実権を国家が握るか、教会が握るかという闘争が長く続き、その結果として「ライシテ」という教育から宗教を完全に分離しようという動きが定着します。イスラム教の宗教性が強い、という理由でスカーフを身につけた女子生徒を教室から締め出す騒動が起きたのも、この考えのせいです。同様に、十字架を身につけることも同じく、宗教的なので禁止のはずです。また、多くの人がご存じないと思いますが、フランスには19世紀を通じてほとんどの期間、「大学」が存在しませんでした。中世には神学・法学・医学を備えた大学があったのですが、革命後にナポレオンはその伝統的大学を解体して、ユニヴェルシテという組織を作ります。「大学」と同じ名称ながら、このユニヴェルシテは中央集権化された教員の組織であり行政機構でした。今のような大学ができるのは19世紀末です。そうしたなか、1830年代に制度化された「バカロレア」システムは今日まで続いています。バカロレアとは統一国家試験で、中等教育(高等学校)の修了を認証する制度で、自然科学系、社会科学系、文学系などの各系統に対応した受験区分が設けられています。バカロレア合格は、大学などの高等教育に進むための条件にすぎず、バカロレア合格以後、何らかの高等教育修了証書を得るまでにかかる年数 (Bac+α と表されます)が重要とみられています。

RVF誌でまとめられている19校のワイン・ビジネス・スクールもBac+2から+4とか+5まであるので、バカロレアを合格後、ほとんど大学や大学院レベルの資格で、輸入、輸出、酒屋、ワイン・マーケティングなどの資格を取得するようになっています。よく考えればこれは当たり前で、基本的にビジネス・スクールなのでMBA (Master of Business Administration)や同種の資格、言ってみれば経営学修士に匹敵する資格の取得を目標とする教育システムになっており、その内容がワイン関連ビジネスに特化しているということになります。大学の研究職では博士号が当たり前になってきていますが、経営の部門でも、アメリカなどでは上場企業の部長職の6割がMBA以上の学位を保有ということですから、管理職には必要で、かつ給料に反映され―RVF誌ではそれぞれ資格を取ると年間給料がいくらになるかも表示されています―、国際化するワイン・ビジネスに参入するには、特に外資系ワイン企業に入る際には必須になりそうです。また、これらの学校の多くは、パリは別として、ワイン生産地にあります。これまでの教育、最初に就く仕事を考え、その地の学校へ行くようにRVF誌は勧めています。

これらの学校の教育で使用される言語は、たしかにフランス語が多いのですが、英語と併用であったり、英語のみであったりします。輸出をはじめ国際取引が増え続けるので、入学以前に英語ができることが要求されています。例えばBurgundy School of Businessもそうです。この学校は比較的若い人材を育てるのが目標に思えます。というのもMSc of Wine Managementの取得を目標としているからです。MBA取得には実務経験5年が必要で、企業組織経営に関わるものですが、MSc(Master of Science)は実務経験無しで取得でき、研究志向の側面、博士課程に進学する事も考慮しており、経営全体というよりも特定分野の専門家を養成することを目的としているからです。教育は16ヶ月で、14500ユーロ(かなり高い)、一般経営の方面からもかなり評判がいいようです。取得後の給料は平均31000ユーロということです。また言語に関してはロシア語と中国語ができる人が求められるようになるだろう、とも。ワインの樽製作業界でも英語はもちろん、さらに中国語とロシア語が必要になっていると、樽メーカーSeguin Moreau (セガン・モロー)のFrederic Monier氏も強調していますので、この二カ国語は就職のための決め手になりそうです。パリのマドレーヌ広場にLaviniaというワインショップがあります。そこでは英語と日本語が話せるスタッフが常駐しています。そのLaviniaグループの副社長Kristine Le Clainche氏も、ソムリエも販売員もフランス語以外に二カ国語話せなければならないと言っています。そのため学校によってはスペイン語やドイツ語、中国語を教えているところもあります。

一方MBAを目指すINSEEC Wine and Spirits Bordeauxでも英語のみの使用で、12ヶ月で費用は13850ユーロ。給料は45000ユーロになる、と。これはすごい。ビジネス・スクールだけでなく大学も参与し、ランスやボルドー、モンペリエやポアチエの各大学でもこうした教育課程を設けています。こちらは、費用は少しお安くなります。例えばランス大学でMaster 1 et 2 vins et champagne の資格をとるには1年もしくは2年かかりますが、200ユーロか400ユーロでおさまります。資格の種類にもよるのですが。

RVF誌は、どういうタイプの資格が自分にふさわしいか、また資格も大事ではあるが、人間関係も大切であり、また顧客に対して創造的なサービス提供ができることも重要というごく当たり前の忠告も行っています。日本企業でのMBA浸透はまだまだですが、これからワイン・ビジネスにもワイン・エキスパートなどとは異なる資格が必要になるのでしょうか。