連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.07 2018_02_02

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「さ」で始まる語をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■さ■

**さいしょのワイン(最初のワイン)
1551年に日本へ伝来したワイン。フランシスコ・ザビエルがキリスト教とともに伝えたのが珍陀(チンタ)酒。これはポルトガル産赤ワインの一般名称、ティント・ヴィニョのこと。腐敗を防ぐためポート・ワインみたいにやたら甘かったよう。周防の大内義隆に献上したのが記録に出てくるワインの最初。食糧を日本国内で自給したとし、耕地面積から当時の日本の人口を二千万人と推定すると、国民一人当たりのワイン消費量は一万分の1cc。化粧パウダーの一粒子くらい。(関連項目:ポルトガル)

サミュエル・アダムス (Samuel Adams)
ハーバードの卒業生が地元ボストンで作り始めた地ビール。歴史は浅いが、濃厚な味が受けて、大ヒット。初めは1種類しかなく、生産量も少なかったが、今では、サマー・エール、インディアン・ペール・エールなど10種類以上できた。ワイン界の帝王と同姓同名のミステリー作家、ロバート・パーカーが書く私立探偵、スペンサーはこのビールの熱烈な愛好者。

さらしなソバ(更科ソバ)
ソバの実の中だけを挽いた白いソバ。すっきりと軽やか。ソバの皮ごと挽いたのが、ひきぐるみソバ。黒く重量感がある。この状況は、白ワイン、赤ワインに似ている。

サラン (Saran)
モエ・エ・シャンドン社がシャンパーニュで作る非発泡ワイン。ラベルやボトルの雰囲気がドンペリそっくり。シャンパーニュと同じマッシュルーム型コルクを使っているが、段ボール箱組み立て用の巨大ホッチキス針みたいな留め金でコルクを頭から押さえているため、開けるときにペンチが必要。かなり高価だし、酸味が強烈な上に微発泡していることがあるため、怖い物見たさで一回飲めば十分。これでは売れないので、試行錯誤の末にできたのが発泡性のシャンパーニュ。

サロン (Salon)
プロ度最高のシャンパーニュ・ハウス。1種類(ブラン・ド・ブラン)しか作っておらず、生産量も2千ケースと超微量。1914年の創立から2012年まで41ヴィンテージしか作っていない。ヴィンテージ率は0.414で、1936年創立の阪神タイガースの平均勝率と同じぐらい。これで倒産しないのは相当不思議。何かにつけてイジメを受けるドンペリと違い、サロンは誰からも悪口を言われない不思議なシャンパーニュ。希少価値が高く、玄人っぽいシャンパーニュというイメージがあり、通から圧倒的な支持を受けている。

サン・ジュリアン(Saint-Julien)
ボルドーのオー・メドック地区にある超有名な老舗的村。ブルゴーニュが京都、ボルドーが東京としたら、華やかで一流シャトーが揃うオー・メドック地区は東京23区に相当。ポイヤック村がプライドたっぷりの港区、女王の風格があるマルゴー村が銀座を擁する中央区なら、清楚で華やかなサン・ジュリアン村は渋谷区か?(ちなみに、ボルドー空港は羽田空港)

さんしょくき(三色旗)
フランスのシンボル。別名、トリコロール。旗の三色の幅は微妙に違い、30(青)、:33(白)、:37(赤)の比率。旗竿から一番遠い赤色は、風ではためいて面積が小さく見えるというミリ単位の配慮らしい。襟がトリコロールのシェフ・コートを着用できるのは、ポール・ボキューズ(今年1月20日に死去、享年91)やジョエル・ロブションなど、MOF(国家最優秀職人章)の受章者だけ。フランス人は三色旗が大好き。軍用機の方向舵まで三色に塗るなど、オシャレ。戦闘機でも、とにかくエレガントに仕上げないと気が済まないらしい。この正反対がロシアの軍用機。性能一本槍で、デザインはどうでもいい。小さいエンジンを支えるために、無骨な支柱をド真ん中に通しても平気。作るワインもこの調子。(関連項目:ミラージュ戦闘機、ポール・ボキュ-ズ)

サンテステフ(Saint-Estephe)
ボルドーの老舗的村。ワインの勉強をする人は、オー・メドックの格付けを暗記しなきゃならず、最初に覚えるのが2級の「モンローズ」と「コスデストゥルネル」。モンローズは覚えやすいが、コスデストゥルネルは超大変。横綱白鳳の本名、「ムンフバティーン・ダワージャルガル」を覚えるほうが簡単。ワインは、粘土質の土壌のため、どっしりであか抜けないとの印象があるが(東京23区なら練馬区か?)、中には、オー・マルビュゼみたいに、シーム付きの絹のストッキングに5インチのピン・ヒールを履いた北欧の伯爵令嬢みたいに、「知性ある官能」をそなえたワインもある。

サンテミリオン(Saint-Emillion)
ボルドーのワイン生産地区。ドルドーニュ河の右側(川上に立って川下を見て右側)にあるので、別名、「右岸ワイン」。今でこそ、シュヴァル・ブラン、オーゾンヌ、アンジュラスをはじめ、高品質高価格のワインが多いし、街全体が世界遺産に登録されるなど、世界的に有名だけど、30年前は全くの無名の田舎。「コスト・パフォーマンスがよい(当時の話)」とロバート・パーカーが『ワイン・アドヴォケイト』で取り上げてから、急速に世界へデビューする。パーカーは、「オレが『発掘』してなければ、今でも田舎のままだったよ」と大威張り。

サントーバン(St-Aubin)
ブルゴーニュの村。世界最高価格の白を作るピュリニー・モンラッシェ村とシャサーニュ・モンラッシェ村に南で接し、あのモンラッシェまで自転車で3分の距離ながら、両村に比べて物凄く地味。指原莉乃と渡辺麻友に挟まれた森保まどか的。赤白ワインとも、どっしり系で、コスト・パフォーマンスが非常に良い。プロ並みにピアノが弾ける森保まどかみたいなもの。

さんばいぞうじょうせいしゅ(三倍増醸清酒 )
アルコール、ブドウ糖、酸味料、科学調味料、水を清酒のモロミに混ぜ、清酒の量を3倍に増やす、悪どいが合法的な技術。これに比べると、外国ワインを混ぜたり、補糖・補酸の併用、不凍液添加などのワイン・スキャンダルが可愛く見える。少ない米で大量の酒を作るため、戦後間もない1949年に始まったが、2006年の法改正により、白米1トンにつき醸造アルコールの添加は280リットルとなり、二倍増醸清酒になった。それにしても、「二倍増醸清酒・三倍増醸清酒」は、「ランソン社社長新春シャンソンショー」みたいな早口言葉。(関連項目:アル添酒、オスピス・ド・ボーヌ・スキャンダル、全国新酒鑑評会)