連載コラム

連載コラム:堀晶代の知っておきたいブルゴーニュ&シャンパーニュのエッジなお話し Vol.02 2017.08.18

シャンパーニュの選果事情

前回のコラムではブルゴーニュの選果台について触れたが、今回はシャンパーニュの選果事情について。シャンパーニュにおける選果台の普及率を正確には把握していないものの、世界に名だたる銘嬢地のなかでは、おそらくかなり低い。

もう15年も昔のことだが、2002年にビオで有名なあるメゾンで収穫や醸造を手伝ったことがある。この年はカタツムリが大発生し、収穫されたブドウのカゴの中にも、カタツムリがゴニョゴニョと動いている。一匹や二匹というレベルではない。「このカタツムリは、いつ取り除かれるのだろう?」と気になって仕方がなかったところ、ブドウはカタツムリと一緒に圧搾機の中へ…。最初はとっても驚いたが、見慣れてくると、「へぇ、シャンパーニュのミネラルって、もしかしてカルシウム?」と思ったものである。ただそれ以降、収穫の時期にメゾンを訪問すると無意識のうちに選果台を探すようになり、取材時には、「ブドウの選果はどのように行っているのですか」と尋ねるようにしている。そして選果台を見つけたり、「選果台を使っています」という答えを聞くと、今でも、「ほう、珍しい」と思うのだ。

かなり著名なメゾンでも、選果台を使っての選果は「ロゼに使う黒ブドウのみ」ということは珍しくない。基本的には畑での選果だ。だが約3万4000ヘクタールの畑すべてで手摘みが義務づけられているシャンパーニュ。収穫時期には約12万人もの季節労働者が雇われる。優等生的なメゾンの答えは、「私たちは熟練の収穫人を採用しています」となるが、人手の確保がまずは優先されるのだから、大人数の収穫人に、畑で摘むべきブドウと摘んではならないブドウの指導を徹底させるのは、現実的には難しい。一手間かけるメゾンなら、収穫前に普段から畑を知る作業人をかり出し、先に灰色かび病による腐敗果や未熟果は切り落としてしまうが、それはあくまでも少数派だろう。

また収穫人はチームに分けられ、出来高制で給料が支払われることが多い。これは理には叶っている。圧搾所や醸造所に到着したブドウは、まずは重量が量られる。年により最大収量が定められているので、収量のコントロールや、同時に収穫人への支払いの計算もできるからだ。また出来高制は収穫人をサボらせないというメリットがある。しかし畑で丁寧な選果を行うという意味ではデメリットだ。早い話、摘めば摘むほど収入に結びつくのであるから、畑でゆっくりと品質のために悩める人は少ないのだ。

シャンパーニュで収穫が繰り広げられる期間は約3週間。ブドウの成熟がピークに達する期間が非常に短いことと、シャンパーニュで用いられるブドウ品種のどれもが、ほぼ同時期に成熟に達するからで、とにかくスピーディである。

では、シャンパーニュにおける選果のゆるさを非難することはできるのか。答えは結局、ノンなのであろう。なぜならシャンパーニュの抽出は、基本的には果肉からだけが目的。また圧搾の搾汁量の制限があるので、必然的に未熟果からは搾汁はされにくい。小規模なメゾンなら圧搾機を持たず、共同の圧搾機で順番待ちもある。手摘みを義務づけること、果肉からいかに素早く良質な果汁を得られるかが、シャンパーニュのレベルの底上げになっている。できればカタツムリくらいは取り除いて頂きたく、選果台を用いるメゾンにはこだわりと余裕を感じて信頼度が上がるものの、ほかの銘嬢地のように急速に選果台が普及していくことは、当分はなさそうである。