連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.16 2012.08.06

ラベルのお作法、または、エチケットのエチケット

 前回は、エチケット(ラベル)の表示にまつわるお話をしましたが、フランス語のエチケットestiquette(古い表記)、étiquetteは、「札」とか「ラベル」という意味と、日本語にもなっている「礼儀作法」を示す、いわゆる「エチケット」の両方の意味をもっています。
 この言葉はもともと、「刺す」とか「穴をあける」というような意味をもっていたようで、たぶん、分類や区別して、何かあるモノを表示するのに、札を刺したり、穴をあけて目印でもつけたりしたのでしょうか。そこから推測するに、目印をつけて、グルーピングされた仲間同士が共有する「お作法」ということになったのでしょうか。
 英語を含め、この言葉はフランス語に由来していますので、礼儀作法を示すフランス語の使われ方が、中世末期から近世にかけて伝わったのかもしれません。ただ、これは確証があるわけではありません。第五回のコラムで、書きましたが、フランスでは、ルイ14世の絶対王政時代に、当時台頭してきた知識層や中流階級が、宮廷の作法を取り込んだこととも関連しているのでしょう。上流階級での振る舞いの仕方という意味で、英語でも使われていました。
 ただ、わたしたちの感覚からすると、ラベルと作法が同じ言葉というのは、よくわかりませんね。

 La Revue du vin de France, 2011 n0 548には、エチケットに関する話題がのっています。
 1741年に、モエ・シャンドンMoët et Chandon が、手書きのエチケットを使用し始めます。クロード・モエClaude Moët (1683–1760)は、それまでは「ヒキガエルの目」などと忌み嫌われていた<泡>のあるシャンパンに目をつけ、1730年代からヴェルサイユ宮廷に売り込みにいきます。大きな泡は、ヒキガエルの目に似ていますかねえ。
 その頃、ワインの取引は木樽で行うことが通常でしたし、しかも法令として決まっていましたが、1728年に、ルイ15世は、「シャンパンに限って」、樽ではなく瓶で輸送することを認めます。そして、泡の出るシャンパンと、それを売り込んだモエに<萌え~>と反応して!?、評価したのが、ルイ15世の愛妾ポンパドール夫人Mme de Pompadeur (1721-64)です。
 当時は、パリ周辺のワインとして、「シャンパーニュのワイン」、より正確には、「フランスのワイン」と呼ばれていたものを、彼女は、一言、「シャンパーニュ」と言ったとか。
 さらには、<泡>のシャンパーニュを評価する芸術もでてきます。ルイ15世が、ポンパドール夫人とすごす部屋に注文した絵画が、『牡蠣の昼食』Le déjeuner d‘huîtres,1735 が、それです。ヴェルサイユ宮殿にトイレがないという話は有名ですが、食事用の部屋、というものもなかったようです。それが、二人で食事をして、親しく過ごす部屋を飾る絵画が、これだったのです。『牡蠣の昼食』は、西洋絵画ではじめて泡のシャンパンが描かれた作品です。画いたのは、トロワJean-François de Troy(1679-1752)。牡蠣を食べるパーティで、シャンパンのコルクが跳んでいます。
Wikiにも載っています。
 
 時代が下って、フランス革命前夜の1797年にはリトグラフが発明されます。1800年には、ボルドーではじめて印刷されたエチケットが登場しましたが、生産年は、手書き。です。
 最初のリトグラフ印刷のエチケットは、1811年のDom Pérignonです。
 19世紀半ばにもなると、エチケットに、風景やシャトーや女性が描かれ、第二帝政の時期、つまりナポレオン三世の、ボルドーの格付けが公的にできあがった時代には、やはりナポレオンを称えるエチケットがはやりました。
 そういえば1989年、パリに居たとき、フランス革命200年を記念して、革命軍の絵とbicentenaire、(文字通りにはcenteneire100年のbi倍で、200年です)が描かれたエチケットが多かったように記憶しています。
 みなさん、ご存じのアーチストによって画かれたムートンのエチケットは、1924年から。

 最近は、AOCやアルコール度数、瓶詰めしたものの名前や住所、「フランス産」(Produit de France, Product of France)等々、表記すべき事柄があります。妊婦への注意やアルコールと健康に関する注意も。そもそも、日本ではタバコはなくなりましたが、まだアルコールのCMは許されていますね。TVでも、喫煙シーンはたびたび見ます。国際標準からはずいぶん離れています。

 さて、もうひとつ、おもしろい話題。
 Bordeaux SupérieurのChâteau Chapelle d'Aliénor blanc 2009の表示にこういうものがあります。Savignon blanc 60%、sémillon 35%、muscadelle15%・・・足すと110%になります!

参考文献:ドン&ペティ・クラドストラップ『シャンパン歴史物語』平田紀之訳、白水社