連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.73 2017.08.04

温暖化に勝てるか?セパージュの見直し

忘れられた、あるいは過小評価されているセパージュ、とくに地元産のセパージュへの注目は、ここ十何年か続いています。RVF誌7/8月号は、さらに「地球温暖化に抗するための伝統的セパージュへの復帰」というタイトルをつけて、ラングドック=ルーションの特集をしています。プロヴァンスともども、地中海バカンスで訪れることも多いからでもあるでしょう。定番の地中海ロゼワイン特集の代わりといったところでしょうか。

― そもそも、そうしたセパージュをどう形容したらいいか。忘れられたセパージュ?謙虚な?土着の?土地固有の?古き?珍しい?今回はちょっとちがいます。例えば、ラングドックで見直されているカリニャンは、土着の品種ではなく、スペインのもの。少なくとも19世紀以来の、ラングドックとカタロニア(カタルーニャ)との結びつきに出自するセパージュです。この背景には、スペインとフランスの間で交わされた「ピレネー条約」(1659)で、カタルーニャの一部であったルーションが、フランスに組みこまれたことがあります。カタルーニャはスペイン、「カステラ」の語源とも言われるカステージャと異なる言語を話し、独立気風もありますが、ラングドックも地名に残っているように北の「オイル語」ではなく「オック語」を話す、ともに主流、支配的なものとは別文化という共通点があります。葡萄に関してはたしかにラングドック=ルーションは日常ワインの産地としての評価でしかなく、70年代、80年代、「改善すべきセパージュ」とまで言われました。そう言えば、エミール・ペイノーが来て、「改善」したのも、この頃です。思えば、あのガサックMas de Daumas Gassac が出てきたのは80年代半ばで、ラングドックのラフィットと、もてはやされましたっけ。パリのワイン店Nicolasで大々的に宣伝していました。ラングドック=ルーションではカベルネとシャルドネがそれ以降、伸してきました。それとは反対の、伝統品種への回帰の典型例として、RVF誌では、Domaine HenryのマイヨールMaiholを挙げています。18世紀にはブルゴーニュと比べられ、ロシアまで名声が届いたのですが、フィロキセラ以降、すっかり忘れられたエイヤードやアスピランという品種を復活させたワインです。

さて表題にあるように、うち続く高温と乾燥―2016年はとくに最悪状態、今年も南仏で大規模な森林火災が起こっています―に対抗するために、オルタナティブな選択肢としてシラーやカベルネなどと異なる、乾燥対応伝統品種の見直しを始めました、というのがこの記事の趣旨です。CorbieresやBoutenacではカリニャン種を再び植えるようになり、Minervois ではPatricia Boyerの指導の下、見直しが行われています。もともとMinervoisは、カリニャン種が主要であったにもかかわらず、シラー種が現在ではメジャーということになっています。とはいえ、葡萄の植え直しは、そう簡単にできるはずもなく、農業経済の面からも問題が立ちはだかっています。

ロジェ・ディオンのワイン史研究では、そもそも葡萄栽培に適していたはずの地中海地域が、現在では有力ワインの生産地になっていないのはなぜか、という疑問が、探求の一つの動機でした。言い換えると、本来は葡萄栽培に適していないはずの北方地域で、人間の営為が特別なワインをもたらし、そのためには経済的事情、河川運搬のような交通事情、修道院などさまざま要因がかかわり、「成功した」北の地域のセパージュが、本来の葡萄栽培最適地域に逆輸入された、と解釈できます。北のセパージュに比して地元産が温暖化に強いのは当たり前? また、ブルゴーニュや北ローヌに習い、葡萄とテロワールの個性を表現するためにしばしば単一品種がもてはやされることもありますが、生産者たちのなかでは、「南仏のグランヴァンはいつもアッセンブラージュ」という主張もあります。シラーを栽培してテロワールを表現してきたはずの栽培者が、サンソーやカリニャンにのりかえて、再びテロワールを表現する、となったとき、「テロワール」という概念は、きわめて曖昧な使われ方、規定をされているようにおもわれますが、どうなのでしょう。テロワールはセパージュに合わせて、さまざまな様相を見せるのでしょうか。それなら、どの品種でもいいのでしょうか。その限界はどこにあるのでしょうか。

サンソーは、ピクプールpiquepoul種の同系で、フィロキセラ以前、ラングドックでは70年代まではきわめてポピュラーでした。その後、植え替えがすすみましたが、1万ha近くはまだ残っており、再植え替えもここ数年行われていますが、ロゼのための色づけという地位にとどまっています。病気に弱く、質も不均等、難しいセパージュです。カリニャンも、サンソーも平凡な出来になりやすい。カリニャンは、2004年には6万haでしたが、シラーとグルナシュにとってかわられ、3万haに。それでもスペインの5倍ということです。

さて、RVF誌では、ラングドック=ルーションの88の赤をランク付けして評価しています。18点が最高で、4つ挙がっていますので、その紹介を。

Clos du Rouge Gorge (IGP Cotes catalanes) L’Ubac 2014 50ユーロ。
結構なお値段です。日本円では9000円ほどで、ネットで売っています。2009年ものがサンソーを知らしめました。2014年はサンソー、カリニャン、グルナシュのアッセンブラージュ。

La Terrace d’Elise (IGP Herault) Les Hauts de Carrol’s 2013 32ユーロ。
RVFガイド一つ星のドメーヌ。サンソー100%
2013が初お目見えのようです。2014はまだ閉じており、時間がかかりそう。「サンソーの名誉を復活させた」、ラングドックで最も偉大なワインの一つ、とかなりの評価です。作り手のXavier Brajou氏はモノセパージュで名を馳せています。日本円7000円弱で売っていました。ここからは別のキュベもリストに載っています。

IGP Herault Le Pigeonnier 2014 17.5点 17ユーロ。
サンソーはこのドメーヌで有名だが、カリニャンやムールヴェードルはそれほどでもなく、このキュベはカリニャン。
IGP Herault Le Pradel 2015 3つの区画からの、互いを補うようなサンソーを使っています。こちらは17点の評価。22ユーロです。

Domaine de la Garance (Languedoc) Les Armieres 2011 21ユーロとお得。
90%カリニャン。この年もいいですが、2013はそれを上回るだろう、という評価。ちなみに、「風」というピノ・ノワールの日本向けキュベもあり、これは販売していますが、当該キュベは見当たりません。

Domaine Les Aurelles (Lamguedoc Pezanas) Solen 2011 35ユーロ。
カリニャンが主で、グルナシュをアッセンブラージュ。カリニャンのまれな素晴らしさを賞味するために大きなグラスが推奨。2011はまだ控えめだが、2012と2013は素晴らしい。

サンソー(censault)の他に、エイヤード(œillade)、リヴェランク(rivairanc 別名aspiran)、テレ・ノワール(terret noir)もピクプール(piquepoul)種の系統です。こうした品種やさらにaubunやaramonといった品種を使っているドメーヌもありますが、まだ少数です。RVF誌の評価では、リヴェランクだけがポテンシャルがあるということです。17.5点と高評価のDomaine Thierry Navarre VdF Ribeyranc 2015(10ユーロ)は、この品種を使い、乾燥した2015年にもかかわらずよい出来です。温暖化に相応しいセパージュなのでしょうかね。

この記事と対応するかのように、ロゼではなく地中化の白ワイン特集もあります。

コルシカでは、Clos Nicrosi, Domaine Antoine Arena, Domaine Abatucciは、ヴェルメンティーノ(vermentinu)種を使った質のよい白ワインをつくり、コート・ドゥ・プロヴァンスではユニ・ブランの復活などとさまざま紹介されています。ワイン作りもワイン記事も新手、新手、と大変なようです。しかしながら、日本で簡単に手に入るものは少ないようです。当地で有名なChateau SimoneとかMas Julienや Abatucciなどが、日本ではなかなか話題にのぼらないのが、残念です。