連載コラム

岩瀬大二のワインボトルのなかとそと Vol.03(2019_03_01)

ワインを知るためにその場所を知る

この秋冬、チリワインをテーマに講座を行いました。表の主旨としては「チリワインの新発見と再発見」というもので、大きな成功を収めただけに、かえってチリワインに貼られてしまったレッテルを一旦剥がし、実際の今の姿を感じていただこうというものでした。レッテル。これを剥がしていく作業は大変なもの。むしろまっさらな状態、先入観がない方、若い世代にご紹介する方が楽とも言えます。ドイツの甘口白、日本ワインの品質、ビオへの抵抗感…ワインの世界ではこうしたレッテルはたくさんあり、発見や実情を知ることを妨げている要因でもあり、そういう方々の言動により新しいファンを妨げるということもあるでしょう。

チリワインは日本における輸入量で1位。多くは安売りスーパーやディスカウントストアでも簡単に入手できる安価なワイン。もちろん安価ながらコストパフォーマンスも良いワインであり、普段の日本の食卓にもあうからこそ広がっているわけで、それ自体が否定される筋合いでもないのですが、問題は、ワイン好きの方においても、「チリにはそういうワインしかない」と思われていること。チリワインのイメージは、いわゆるワイン好きの方にはあまり好ましいものではないようで、「どうせ工業製品的な大量生産のもの」、「上品さに欠けるカベルネ・ソーヴィニヨンとソーヴィニヨン・ブランぐらいしかバリエーションがない」、「安い食事か肉ぐらいしかあわない」といった声が聞こえます。しかし、実際に現地を訪問し、また、「そうではない」ワインと生産者と多数接し、これはチリの現状のすべてを表すレッテルではないことを強く感じ、ぜひ伝えたいと感じました。それはチリワインだけではなく、冒頭に記した他のレッテルを貼られたワインたちの、本当の姿を知ろうというきっかけにもなるのではないかと考えたのです。

ざっと、講座の内容を紹介すると、チリの恵まれた環境と先進による「オーガニック」、チリの新たなエレガンスを生む「クール・クライメイト」、多彩さと様々な尽力が興味深い「ブドウ品種」、ベルリンテイスティングに代表される「プレステージュ」というテーマで行い、それぞれ、現地で実際に訪問したワイナリーのアイテムを試飲していただきました。オーガニックではエミリアーナ・ヴィンヤーズ、クール・クライメイトではマテティッチ・ヴィンヤーズ、ブドウ品種ではパイスやカルメネール、カリニャンといったチリで注目される品種を、ミゲル・トーレスなど最大手からMOVIという小規模独立生産者の組織まで多彩な生産者とともに。そしてプレステージュにおいては、ちょうどこのタイミングでアカデミー・デュ・ヴァンでも特別セミナーを行ったエデュワルド・チャドウィック氏の最高峰とニュープロジェクト、今、最も高価なカルメネールをコンチャイトロから、など紹介しました。

さて、これらは「表のテーマ」と書きました。表は、ワイン好きの方にとってはこの体験を通じて好奇心を持ってもらえるだろうという考えがありました。これに加え、今回のシリーズでは「裏のテーマ」として、チリワイン、ということだけではなく、チリそのものに興味を持っていただき、少しでも好きになっていただきたい、という思いがありました。

というのも、フランスのワインが好きな方、イタリアのワインが好きな方、カリフォルニアのワインが好きな方って、きっと、フランスが好きだし、イタリアに興味があるし、カリフォルニアに思い出があったりすると思うんです。元々よく知られている国やエリアですとそこからワインに親しんだり、愛せたり、深まったりできる。私はスペインのイベントでMCをすることが多いのですが、スペイン好きとスペインワインの幸せな関係を見てきました。サッカー、ファッション、建築、芸術、舞踊、音楽、遺跡、食文化。サンセバスチャンやアンダルシアに憧れる。そこにはワインがある。この自然な関係性。そう、その国に憧れ、知ること。これがその国のワインを知りたいと思う第一歩ではないか。私がニューヨーク州のワインに興味を持ったのも、そもそもニューヨークという場所、スポーツ、音楽が好きだからすっと入っていけたから。英国ワインのこちら側にはUKロックがあって、ニュージーランドワインにはラグビーがあった。そのワインの全体像や背景を知るためには、また、伝えるためには、その国の文化を知り、興味を持ち続けられることが大切なのではと思うのです。

そこで、チリ。チリワインの話をする方の中で、チリそのものに憧れたり、思い出があったり、興味を持っている方ってどれくらいいるのだろう。自分の経験からしてもほとんどチリ自体の話に発展したことはありません。フランスやイタリアやカリフォルニアのように憧れられる存在では、きっと、ないのでしょう。もちろんそれは仕方のないことだと思います。でも、それを知らずしてワインボトルの中の話の終始することは面白いことではありません。今回の講座の中で、なぜオーガニックが可能なのか? なぜクール・クライメイトが成り立つのか? なぜ多彩なブドウ品種ができるのか? その裏側にあるチリの素晴らしい環境、文化、歴史、食があることをお伝えしたつもりです。なぜかといえば、チリそのものを知って、好きになることがチリワインを楽しむための助けになるから。

チリを回って印象的な言葉がありました。いくつかの訪問先で聞いた言葉。「僕たちと日本人は地震兄弟」。「距離は離れているけれど隣人」。広大な太平洋を挟んではいるけれど確かに海を挟んで隣人であり、お互いに地震と共にありそれを乗り越えてきた仲間。旅の途中で太平洋岸のホテルに宿泊。そのテラスから見る水平線。不思議に日本が、はるか向こう、とは思えませんでした。
ワインボトルのなかとそと。ワインだけを語るのではなく、そのワインが生まれた国や地域に思いを馳せる。そうすると今までわからなかったことが見えてきたリ、愛おしくなったりすることがある。ワインって豊かな酒だなって思います。