連載コラム

岩瀬大二のワインボトルのなかとそと Vol.05(2019_06_28)

点字ワインが教えてくれたこと

スペインワインを専門に扱うインポーターから興味深いワインを紹介されました。視覚障害者の方々の、優れた味覚と嗅覚を頼りに造られたというワインです。
ワインの名前は「ラサルス」。アラゴン州のピレネー山脈近く、寒暖差の大きなエリアで造られます。名醸造家であり、リオハ大学のワイン学科の教授であり、リオハの成分分析所の所長でもあるアントニオ・パラシオス氏が、ワインコンサルタントとして監修にあたっています。アントニオ氏は大学で感覚的にワインを捉えるという授業の中で、受講生の中の視覚障害者の生徒が、当時参加していた中で誰よりも優れた嗅覚を持っていることに気づいたと言います。その嗅覚や、感覚的にワインを捉える才能は、氏自身の感覚をも上回るものだと感嘆。成分分析を行う長としての役割を持つことからロジカルな人物であることがうかがえるアントニオ氏。一方でこの感覚もワイン造りに取り入れるべきものと考えたのでしょう。数値は必要だが、数値に縛られてはいけない。もちろんその逆も正論でしょう。その両面がワイン造りにはあっていい。

アントニオ氏は、この「ラサルス」において、視覚障害者を採用。彼らの持つ優れた味覚と嗅覚をワイン造りの過程で発揮してもらうプロジェクトをスタートします。これは社会貢献ではなく、才能としての採用。色などの先入観を持たずにワインに向き合い、通常では嗅ぎ分けられないような微妙な腐敗臭や、わずかな味の違いをも指摘すると言います。そして彼らが関わる仕事は畑からアッサンブラージュまで多岐にわたります。ぶどうそのものの品質の判断、醸し時間や発酵温度の調整、澱の量、樽熟成の期間、そしてブレンドの割合まで、様々な工程で彼らの才能が生かされるのです。
私もテイスティングしましたが、とてもバランスのとれた、やわらかい手触りの飲みやすいワインという印象でした。きれい、でも、包容力がある。様々な食とも手を取り合うだろうという喜びもあります。とはいえ、彼らの能力や、才能がどういう効果となってここに現れているかということまではさすがにわかりません。でも、きっと彼らが関わっていることによって、こういうスタイル、香り、旨み、余韻になっているんだろうな、と思うと、とても興味深い。一度現場で彼らの仕事を見てみたいと思いました。
(こちらのワインは現在、クラウドファンディングでの取り扱いとのことで、ご興味ありましたら、「ラサルス ワイン」などのワードで検索してください)

さて、ここからもうひとつ、書きたいこと。このワイン、ラベルに点字が施されています。実際に凹凸があり手で読み取れるのです。インポーター氏に聞けば、この点字は、スペイン語でワイン畑や品種、醸造方法について記されているとのことですが…そこで気づきがありました。いや、これは当たり前のことすぎて、何を言っているんだといわれるかもしれませんが、点字は各言語によって違う、ということを。気になって日本点字委員会など、関係する団体のwebサイトを見たところ、点字について何もしらなかったことに自分自身、愕然としました。点字は6つの盛り上がった点の組み合わせで表現するということ。その6点方式が世界中で使われているが各国でそれぞれに対応する点字が違うことなど、まだまだ分からないことだらけですがとても興味がわいてきました。外国人の視覚障害者が訪日した際に、公共施設や駅で点字に触れたときに意味は伝わるのか? そんなことも頭をよぎります。

また、今まで気づかなかった身近なものに点字があることも。例えばビール缶の上部。ここに点字があり、書かれているのは「おさけ」なんだそうです。また、これはネットでも話題になっていたようですが、お好み焼きソースでおなじみの「おたふく」の500g容器、「おこのみソース」、「焼きそばソース」には日本語でそーす、英語でsauceと点字が施されています(おたふく公式サイト:お客様相談ページ)。点字だけではなく、牛乳の上部のへこみ(明治乳業公式サイト:牛乳のおはなし)、シャンプーとリンスのボトルぶたのギザギザ(花王公式サイト:製品Q&A)など、身近なところに視覚障害を持たれている方々との接点があったんだなと。

ワインボトルのなかとそと。1本のワインとの出会いで、新たな気付きをもらえたこと。ラベル一つからでも、そして興味深い取り組みをしているワインからでも、なにかが広がります。