連載コラム

おおくぼかずよの「男女の友情は成立するか?それはさておき日本酒の話」 Vol.14 2019_04_12

〜日本酒の味わいと飲用温度の関係〜

日本酒は幅広い飲用温度帯で美味しく飲めるというのはよく知られている特徴のひとつですね。J.S.A. SAKE DIPLOMAの教本には飲用温度帯について「酒を凍らせて飲む氷結酒の氷温から60℃を超える燗酒まで60℃以上の差がある」と書かれています。

ホットワインなどの特別な飲み方を除けば日本酒の飲用温度帯はワインのそれの実に3倍以上。高い温度帯でなぜ日本酒は美味しいのか?これは含まれている有機酸成分の違いによるものです。日本酒に含まれる有機酸は乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸など、この4成分で約80%を占め、その他に酢酸などが含まれています。ひとことでいうと、ワインには酒石酸など、冷やすと美味しい酸が多く含まれ、日本酒は温めると美味しいコハク酸、乳酸などが多く含まれているからなのです。

日本酒の有機酸成分に由来する酸味と飲用温度との関係の官能評価の実験が日本醸造協会誌第106巻11号にあります。今回は、その一部、呈味に関する部分をご紹介します。少し以前のものになりますが、講座などで味覚体験を行ってもほぼ同じ感想を皆さんおっしゃるので参考にしてください。

使用したのは、日本酒に含まれる有機酸(乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、酢酸)の水溶液。飲用温度条件は10℃、20℃、37℃、43℃、50℃で行われ、日本酒・ワイン品質に精通した専門パネリスト10名による官能評価です。(クエン酸、酢酸は少数パネリストのみ)
温度帯の違いによるそれぞれの酸の感じ方です。

【乳酸】10℃では、ぎすぎすとした刺激的な酸味を感じるとの評価者が多い。37〜50℃ではさわやかでまろやかな酸味、37℃と43℃が最も好ましい酸味質、50℃ではやや酸味が浮き立つという評価あり。

【コハク酸】多くの評価者が37〜43℃付近がソフトでまろやかな味を感じており、好ましい味と思われる。

【リンゴ酸】10℃で、爽やかで軽快なすっきりした酸味の発言が明確に示され、20℃から43℃まで同じような爽やかな味になる肯定的な感想があった。50℃では、くどくまずい酸味が発現し、一部には好まれなかった。50℃での評価について評価者によるばらつきがみられたが、これは暖かい飲用温度に対する各評価者の嗜好性の違いによるものかと推測される。

【クエン酸】10℃で綺麗な酸味、20℃でぼけた平板な酸味、43℃で柔らかでマイルドな酸味。冷酒とともに燗酒でも飲みやすいことが認められた。(37℃、50℃の実験なし)

【酢酸】10℃、20℃では爽やか、43℃では刺激的な食酢様臭が強くなるが柔らかい風味が口中に広がることが確認された。(37℃、50℃の実験なし)

乳酸、コハク酸は温めると美味しい「温旨系」の酸と呼ばれます。コハク酸はアサリやハマグリなどの二枚貝に多く含まれます。料亭などで出される潮汁のお椀を思い浮かべてください。温かいうちは上品で風味豊かだったのに、冷めると苦味などが目立ってきてしまったということはなかったでしょうか。

リンゴ酸、クエン酸、酢酸は冷やすと美味しい「冷旨系」の酸と呼ばれます。実験ではリンゴ酸では50℃近いと評価が分かれ、酢酸は刺激臭が強くなりバランスが悪くなるという結果が出ていますが、クエン酸は冷やしても温度を上げてもバランスが崩れないという結果が出ています。クエン酸はレモンなど柑橘類や青梅に含まれる酸ですね。以前、この結果から梅酒をお燗にして飲んでみたのですが、これが大変まろやかで美味しかった。ホットレモンを思い浮かべていだければなんとなくご想像つきますでしょうか。くせになりますよ。ぜひ、梅酒のお燗酒も試してみてください。

その他、日本酒は温めると甘味を強く感じます。(「甘味」は温めると強く感じるので、ソフトクリームは美味しいけど、溶けたソフトクリームを飲むと甘過ぎますよね)ちょっと甘いなと感じる日本酒はつめたく冷やして飲むと好みの甘さになるかもしれません。

この味覚は「甘味、酸味、苦味、塩味、うま味」の5つの基本味に分類することができますが、渋みと辛みは味覚ではありません。

渋みといえばタンニンですが、ワイン、抹茶、渋柿などに含まれるポリフェノール中のタンニンは、水分と結びつく性質があるため唾液が固まり、口中の粘膜がひきつるような感覚が生じます。この収斂性を「渋み」と呼んでいて、味覚ではありません。

唐辛子やマスタードの辛みは温かさを感じる温覚 であり、これも味覚ではない。ミントやメンソールはスゥーとする冷たさは冷覚であり、これも味覚ではない。わさびのツンとくるあの感じも実は味覚ではないのです。

唐辛子のカプサイシンと胡椒のピペリンは、大きく重い分子からできており、これらは口の中に滞留して後に残る辛さとなります。マスタードやわさびは小さな分子から出来ていて揮発性で鼻腔の方へ浮き上がり、後に引かない辛さです。そのため、唐辛子は口が燃えるように感じ、わさびは鼻がツンとします。

ワインと比べ日本酒は原材料が無味無臭に近い米と水から造られ、香味の違いが非常に微細です。また、発酵形態も複雑なうえ、原酒が出来上がったあとも様々な工程を加えます。それゆえ、造り手の技や哲学による違いが現れるのが日本酒の魅力です。人の手が加わる部分が多くなればブラインドテイスティングは難解かもしれません。日本酒のテイスティングでは、米や酵母の特徴を覚えるだけではなく、味覚や嗅覚、それを感じる条件などを知っていると、グラスの中の日本酒の個性をつかみやすくなります。